研究主題「ナノチューブ状物質」の構想


 近年、グラファイト、フラーレン(C60など)、アモルファスカーボンなど炭素系物質の研究が世界的に活発化している。それらがもつ、原子構造やパイ電子状態の多様性および量子サイズ効果による新物性などへの期待から、物理、化学、物質科学など広い分野で注目されている。
 このような研究の流れの中で、1991年に発見されたナノメートルスケールのカーボンナノチューブは、炭素原子シートの円筒が入れ子状に配置された構造で、円筒の数は2個から20ないし30個程度とさまざまで、その長さはサブミリメートルに達するものもある。その後に発見された単層カーボンナノチューブは、直径がサブナノメータで分子サイズに近く、分子と固体の中間的な物質と考えられ、特異な特性を持つものと期待される。このようなチューブ状物質は極めて珍しく、天然には不燃材として使われた石綿がある。カーボンナノチューブのそれぞれの円筒は、炭素原子6個からなる六員環が網状に連なったハニカム構造の炭素原子シートを丸めた構造で、直径1ナノメータのチューブの場合、円周は約12個の六員環の大きさに等しい。さらに、それぞれの円筒上の六員環は、円筒の軸方向に対してらせん状に配置されている。らせん構造は細胞内分子構造に見られるが、無機物質の結晶でらせん構造が見つかったのは世界で初めてである。
 このようなナノ構造をもつカーボンナノチューブには、量子効果や特異な物性の発現、メゾスコピック科学の新しい研究手段の提供等が期待されることから、その生成方法や物性測定、理論計算による物性予測などが進められている。しかしながら生成メカニズムや物性等については、まだほとんど解明されていない。
 本研究では、アーク放電法やレーザ蒸発法等を駆使し、非平衡状態下における物質凝集状態を探ることにより、炭素を含むナノチューブ状物質の生成機構の解明を図る。また、得られたナノチューブ状物質の構造と物性の相関を明らかにするとともに、チューブ状物質の生成に不可欠な金属触媒の働きについても探究する。さらに、ナノチューブ状物質の物理的および化学的修飾によりその改質と新物質創製を試みる。

 本共同研究では、具体的に次の事項について研究を進める。

(1)
加熱したアルゴンや窒素等のガス雰囲気中に置かれた固体炭素ターゲットを、レーザ照射・蒸発し、カーボンナノチューブなど種々なる構造の炭素物質を生成する。さらに、それらの構造を電子顕微鏡やラマン分光を駆使して調べ、レーザ蒸発機構、蒸発物質の凝集機構、ナノチューブの生成機構等を解明する。レーザ光とターゲット表面におけるエネルギー伝達機構の解明は重要である。生成実験は炭素以外の物質、例えばBN(ボロン・ナイトライド)などについても行い、生成機構の一般的理解を深める。また、レーザ蒸発法と比較するためアーク放電法についても実験を試みる。
(2)
カーボンナノチューブなどチューブ状構造をもつ物質の形態制御法と量産法を探索・確立し、得られた試料を用いてその物性を解明する。試料の精製は信頼のおける実験には不可欠である。また得られたナノチューブの修飾および改質も試みる。物性評価では、個々のチューブを対象にした測定およびその集合体の測定に分けてそれぞれ実験する。ここでは、特殊な電子顕微鏡、走査探針顕微鏡、近赤外共鳴ラマン分光、分子状ナノチューブのマニピュレーション法、等のメゾスコピック科学の物性評価技術も併せて開発する。

 これらの研究は、日本側からは高分解能電子顕微鏡を主とした構造および物性評価を行い、フランス側では走査型透過電子顕微鏡やナノ領域ラマン分光による物性評価を行うことによって、相補的に進める。その結果、ナノチューブ状物質の生成機構が解明されるとともに、制御されたナノチューブ状物質の生成およびその高収率生成を可能とする。また、ナノチューブ生成機構の研究から、炭素系物質に限らない、より一般的な非平衡状態下における新たな新物質創製の道が開かれるであろう。さらに、ナノチューブは、従来のナノ構造体とは異なる物質概念をもたらし、新たな研究対象や研究手段として定着し、理論と実験の両分野で新しい物質科学の発展が期待される。


This page updated on April 20, 1998

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