可搬型蛍光X線分析装置


(背景)
望まれる高分解能、高感度の可搬型蛍光X線分析装置

 蛍光X線分析は、X線を試料に照射して試料中の原子の内殻電子を励起し、この励起が緩和する過程において原子から放出される元素固有のエネルギーのX線(蛍光X線)を検出することにより、試料を構成している元素やその含有率を求める元素分析法である。この分析法は、非破壊分析であり、殆どの元素について、含有率の小さな元素(例えばppm=百万分の1レベル)から大きな(100%)元素まで定量できるなどの特徴をもつために、極めて広範囲の利用分野を有している。
 考古学的な調査や犯罪捜査、空港等での諸検査、環境計測などの分野においては、測定対象物を分析装置にもっていくのではなく、分析装置を分析対象物に持っていき現場での分析を柔軟に行うために、使用場所や温度環境の制限が小さく容易に運搬できる小型の分析装置が望まれている。
 このような目的のためには、蛍光X線装置の主要な構成要素であるX線発生部と検出部をともに小型化する必要がある。このため、X線源として放射性同位体を使用する可搬型装置が既に製品化されているが、放射性同位体の取扱いには注意が必要であり、法律的な規制も多く、野外に持ち出しての分析に必ずしも実際的ではなかった。一方、従来の小型検出器に、p型シリコン結晶にリチウムを拡散して製造したダイオードが使われているが、十分な特性を得るためには、-70℃程度まで冷却する必要があり検出器自体は小さいものの液体窒素を用いた大きな冷却機構が必要となり、検出部は大きくなっていた。 さらに、従来の小型装置では、微量な汚染物質の検出など、ppmレベル以下の微量分析に対応するには性能不足であった。
 このように、可搬型蛍光X線装置として、X線管をX線源に用い、常温または簡易な冷却で元素分析に要するエネルギー分解能が保証される検出器を備え、また微量分析にも対応できるものの開発が望まれていた。

(内容)
照射X線の集光・単色化、増幅器内蔵半導体検出素子により、高分解能、高感度の蛍光X線分析が可能な可搬型装置を実現

 本新技術は、小型X線管を線源とし、異なる元素の蛍光X線について検出器を冷却しなくとも常温でデータ解析が可能なエネルギー分解能(約250eV)が得られる検出器を備え、さらに10ppb(1億分の1)レベルの微量分析が可能な可搬型の蛍光X線分析装置に関するものである。本装置は、X線発生・検出部と計数制御部とから構成され、X線管や検出器等をコンパクトに結合したことのほかに、次のような技術的特徴を有する。

(1)
単色X線の照射による高感度分析
 X線管からのX線のうち単一のエネルギーの成分のみ(単色X線)を試料に照射できるX線源を備えている。これで、試料から蛍光X線に混じって検出器に入射する散乱X線もほぼ当該単一エネルギーのもののみに限られるため、目的の試料内元素の蛍光X線の分析への雑音が低減される。X線源においては、X線管に続いて環状スリットと円筒状分光結晶から構成される単色化ユニットが配置されている。X線管から放射されユニット入力側の環状スリットを抜けてユニットに入射したX線がユニット内の分光結晶内壁で分光され、ユニット出力側の環状スリットによって単一波長(単一エネルギー)成分のみが選び出され、その全てが試料に向かって収束・照射されることにより、X線の有効な利用を図っている。これにより10ppbレベルの微量成分の検出が可能となり、しかもこの単色化ユニットは装置を特に大型化することなく導入できる。
(2)
簡易な冷却で高性能な半導体検出素子
 半導体X線検出部と前置増幅器(初段のトランジスタ)を半導体素子化する。これにより従来より検出器がさらに小型化されるとともに、安定冷却による熱雑音の除去、高頻度に入射するX線光子の計数が容易になる。より具体的には、半導体のフォトリソグラフィー技術を活用し、検出半導体中にX線が励起した伝導帯電子を確実に収集してパルスとして観測できるような電場分布を形成する構造を有するシリコン・ドリフト・ディテクタと呼ばれる素子を用いる。この結果、異なる元素の蛍光X線を明確に分離するために十分なエネルギー分解能(160eV程度)を冷却ファンなどを含めても全体で数センチ・メートルの小型冷却器で十分に得られ、用途によっては常温でも同時多元素分析が可能となり、また多数のX線光子に追従して計数できるため、ある程度強い蛍光X線を発する試料に対しても、減衰フィルターなどを用いず分析ができる。
(効果)
犯罪捜査や考古学調査等フィールドでの元素分析へ利用が期待

 本新技術による可搬型蛍光X線分析装置は、

(1)
小型・軽量な装置であり、安全かつ容易に持ち運び、現場で使用することができる、
(2)
簡便な冷却により、微量試料の分析や高精度の多元素同時分析が可能である、

などの特徴を有し、

(1)
犯行現場での犯罪捜査、発掘現場での考古学調査、環境計測等、フィールドでの元素分析
(2)
工業製品の品質管理等のための原材料や製品の検査、宝石・貴金属店での品質検査

などへの利用が期待される。


This page updated on April 20, 1998

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