科学技術振興事業団報 第360号
平成15年9月29日
埼玉県川口市本町4−1−8
科学技術振興事業団
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「運動量空間における磁気単極子を発見」

―― 磁気電気伝導、磁気光学応答の新原理を提唱 ――

 科学技術振興事業団(理事長:沖村憲樹)創造科学技術推進事業(ERATO)十倉スピン超構造プロジェクト(総括責任者:十倉好紀 東京大学・教授)は、金属強磁性体の特異的な磁気電気伝導の振る舞いを、固体中の量子力学の世界ではあたかも磁気単極子(モノポール 注1)が存在し、電子の動きや状態が磁気単極子に支配されているかのように解釈できることを世界に先駆けて見出した。
 われわれの住んでいる空間(実空間)では、磁石はN極とS極が常にペアで現れ(磁気双極子)、モノポールというのは、この磁石のN極あるいはS極だけに相当する素粒子で、これは現在までに発見されていない。今回の研究は、実空間における素粒子としてではなく、量子力学の波数空間あるいは運動量空間(注2)ではこのモノポールが存在し、電子の運動(波動関数 注3)を支配し得るということを、金属強磁性体の巨大異常ホール効果(注4)という現象を通して実験的・理論的に証明したものである。すなわち、第一原理電子状態計算(注5)により求められたゲージ場(注6)の構造には、湧き出しまたは吸いこみの点、すなわち磁気単極子に対応するピークがみられ(図1)、それによって巨大異常ホール効果という電子の非単調な(複雑な)振る舞いが支配されていることを見出したものである。
 今回の発見は、磁気的な性質が電気伝導や光学応答を支配する上での新しい原理を提供し、"固体中のモノポールを制御する"というアイデアの下に、巨大磁気伝導素子/磁気光学素子の開発に新しい展開をもたらすと考えられる。
 本成果は、産業技術総合研究所、東京大学および東北大学の協力によって得られたものであり、平成15年10月3日付の米国科学雑誌「サイエンス」で発表される。

<背景>
 電子は自転していて、電子スピンと呼ばれる微小な磁石として振る舞うが、これが強磁性体においてはそれが一方向に揃う結果、磁化が現れる。この自転運動が、電子の重心運動(軌道運動)に影響を及ぼすことが知られている。特に、スピンと軌道の間の相互作用(スピン・軌道相互作用(注7))により、電場を印加した時にそれと垂直な方向に電子の運動方向が曲げられることが知られていた。これを異常ホール効果と呼んでいる。このように、磁気的に電気的な性質をコントロールできれば、大きな応用への道が開ける。例えば、磁場をスイッチオン・オフすることで電流の方向が変わるような磁気伝導素子を作ることができるが、そのためにはこの効果を大きくする必要があり、そのキーとなる原理の発見が切望されている。今回の成果は、この異常ホール効果が波数空間における磁気単極子という数学的構造で支配されていることを実証したもので、その大きさを決めている要因を絞り込んだことになった。さらに磁気単極子という基礎物理学的にも重要な問題に固体物理学から光を当てることにもなった。

<成果の内容>
 本研究は、金属強磁性体SrRuO3の磁化、電気抵抗、ホール効果、カー回転などの精密な測定を、第一原理に基づく電子状態計算により解析することで、この系の異常ホール効果が波動関数の波数空間における磁気単極子で支配されていることを実証した。今回用いた試料は、フラックス法による超良質単結晶とレーザーデポジション法により作成した薄膜試料であり、特に、酸化物薄膜作成技術の進歩によって単結晶としては得ることができない組成を変化させた試料(Caのドーピング)の作製に成功したことが詳細な実験研究を可能にした。異常ホール効果の測定は極低温・高磁場の条件で行われ、精度の高い測定によって実験と理論との定量的な比較が可能となった。
 理論的には、異常ホール効果を表わす横伝導度が、波動関数の位相から作ったゲージ場の積分で表されることになり、その湧き出しまたは吸いこみの点が、磁気単極子に対応する。第一原理計算では、波数空間の精度を従来よりも一桁改良し、さらに内挿法を組み合わせることで従来捉えられなかった波動関数およびゲージ場の詳細な構造を見ることができるようになった。この手法は、膨大な計算量と高度な計算技術が要求されるが、近年のスーパーコンピュータの性能向上と研鑽技術の開発によって実現可能になった。
 その結果、以下のようなことが判った。
(1) 第一原理電子状態計算により波動関数の位相からつくられるゲージ場を求めたところ、波数空間におけるゲージ場の分布の構造には、湧き出しまたは吸いこみの点、すなわち磁気単極子に対応するピークがみられた(図1)
(2) 本実験による横伝導度(異常ホール効果を表す)の測定値は、通常の異常ホール効果にみられるように磁化に比例するといったような単調な振る舞いではなく、符号変化を含む非単調な(複雑な)温度変化を示し、その絶対零度における横伝導度は約−60という特異的なものであった(図2)。この巨大異常ホール効果ともいうべき特異的な現象は、モノポールの存在を考慮しない場合には説明ができなかった。
(3) 一方、第一原理電子状態計算による横伝導度の計算値は、磁化や電子密度の関数として大きく非単調に変動する関数であること、しかもそれは上記のゲージ場分布のピーク、すなわち運動量空間におけるモノポールに支配されていることが見出された。現実的な構造を仮定した計算は、絶対零度における横伝導度は約−100であり、実験とほぼ一致した(図2)。また、その温度変化(温度変化は磁化の変化に対応する)もほとんど実験と一致する結果が得られた。すなわち、本研究で観察された巨大異常ホール効果は、モノポールの存在を考慮することによって解釈し得ることが判った。
(4) カー回転スペクトルから求めた横伝導度の周波数依存性は、の領域で符号変化を含む大きな変動を示し、これもやはり第一原理計算とよい一致を示した。
 以上のことから、横伝導度を支配しているのが運動量空間におけるモノポールであることが実証され、その位置をうまくコントロールできれば大きな磁気伝導、磁気光学効果が得られることがわかった。

<今後の展開>
 今後は更に、2次元強磁性金属などのより大きな異常ホール効果、磁気光学効果を示すことが予想される系、さらには量子化したホール効果を示す乱れを含む系の探索を行い、応用に耐える磁気伝導素子、磁気光学素子の実現を目指す。

<研究領域>
研究領域:創造科学技術推進事業「十倉スピン超構造プロジェクト」(研究期間 平成13 年〜平成18年)

<本件問い合わせ先>
朝光 敦(あさみつ あつし)
東京大学 低温センター 助教授
〒113-0032 文京区弥生2-11-16
 TEL:03-5841-2860  FAX: 03-5841-2863

長谷川 奈治(はせがわ たいじ)
科学技術振興事業団 戦略的創造事業本部
特別プロジェクト推進室 調査役
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 TEL:048-226-5623 FAX:048-226-5703

<用語解説>
図1
図2
図3
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