科学技術振興事業団報 第359号
平成15年9月25日
埼玉県川口市本町4−1−8
科学技術振興事業団
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「生体の環境適応と恒常性維持のために重要な因子の機能を解明」

 科学技術振興事業団(理事長 沖村 憲樹)の戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究「山本環境応答プロジェクト」(研究総括:山本雅之、筑波大学 先端学際領域研究センター教授)は、生体の環境適応と恒常性維持のための生体防御システムの鍵となる制御蛋白質Keap1(注1)が、環境応答転写因子Nrf2を制御し、生体防御系遺伝子の発現を抑制制御する働きを、それらの遺伝子を破壊したマウスの解析により明らかにした。本研究の成果は、生体防御系の制御メカニズムの重要な一局面を解明するものであり、恒常性維持機構の機能低下による環境適応障害とそれに起因する成人病や慢性疾患の発症基盤の理解につながるものである。本成果は、平成15年9月28日付の英国科学雑誌「ネイチャージェネティクス」オンライン版で発表される。

 動物は、外界から食物と酸素を摂取し、エネルギーを産生して、生命を維持している。したがって、動物にとっての重要な環境条件は酸素と食物であり、動物は食物や酸素に内在する毒性への防衛機能を獲得しながら、適応・進化してきたものと考えられる。最近の研究から、この環境応答の障害が、がん・糖尿病などの成人病や慢性疾患の発症基盤を形成していることが示されている。本研究では、これらの事象を具体的に解明するために、環境応答に関連する遺伝子群の発現制御機構に焦点をあてて、それらの遺伝子の発現がどのように制御されているのかを検討した。本グループによる、環境応答転写因子Nrf2とその活性制御蛋白質Keap1(注1)が形成する新たな遺伝子発現制御系の発見は、酸素や食餌性異物応答メカニズムを解明する手がかりとして、世界的で初めてである。

 生体防御システムの遺伝子群の発現を活性化させる蛋白質として、現在知られている転写因子(Nrf2)に対し、細胞質に存在する「Keap1」という蛋白質が蛋白質間相互作用を通して、環境からの異物や毒物のセンサーとして機能していると考えられている。今回の研究は、世界で初めてその活性制御蛋白質因子(Keap1)の働きを明らかにしたものである。
 Keap1は細胞質に存在する制御蛋白質であり、転写因子Nrf2に結合して同因子を細胞質に保持し、Nrf2による生体防御遺伝子群の発現を抑制する。すなわち、Keap1はNrf2の抑制性制御因子として機能する。本研究では、Keap1の機能を明らかにするために、同因子の遺伝子を破壊した遺伝子組み換えマウスを作製し、その特徴を解析した。当初、Keap1遺伝子を破壊したマウスは、Nrf2の恒常的な核移行と生体防御遺伝子群の発現亢進を招き、その結果、環境毒物に強いマウス個体が得られることが予想された。しかし、Keap1遺伝子を破壊したマウスは生後3週間以内に全て死亡した。当該マウスの食道と前胃の角化重層扁平上皮(注2)は異常に肥厚し、著しい食物通過障害をもたらしていたので、この摂食障害がKeap1遺伝子を破壊したマウスの主たる死因であると考えられる。なお、Keap1遺伝子を破壊したマウス由来の線維芽細胞(注3)や出生直後の肝臓では、予想どおり、Nrf2による生体防御遺伝子群の発現亢進が示された。

 一方で、Keap1遺伝子を破壊したマウスにより認められた上述の特徴(角化重層扁平上皮の異常と生体防御遺伝子群の過剰発現)が、Keap1遺伝子とNrf2遺伝子の両方とも欠失したマウスにおいては完全に消失し、マウスの成長が回復することである。すなわち、Keap1遺伝子欠失によりもたらされた異常は、Nrf2の作用による恒常的な生体防御遺伝子群の発現に起因するものと結論される。
 本研究は、環境応答がどのような因子によって制御されるのかを、複合遺伝子破壊マウスの表現型から包括的に理解することを試みることを目的としている。今回の成果などにより、多岐にわたる生体防御系遺伝子の発現制御メカニズムにおいて、Nrf2による制御系の重要性が様々な解析により実証されつつある。Keap1とNrf2の相互作用の分子メカニズムを解明したことは、生体防御機構のさらなる理解を可能にするものであり、現在も大きな謎である高等生物における生体毒物・酸化ストレスの感知機構解明につながるものと期待される。また、Keap1-Nrf2の相互作用に対して適切な介入を行うことは、個体における生体防御機能を必要に応じて強化することを可能とし、成人病や慢性疾患の治療にも有用な手法を提供するものと期待される。


(注1)制御蛋白質Keap1
転写因子Nrf2と蛋白質間相互作用する因子として単離された。Keap1はアクチン(真核生物の細胞骨格の一部を構成する蛋白質)に結合し、細胞内では細胞質に存在する。
(注2)角化重層扁平上皮
薄く平たい上皮を構成する細胞(扁平上皮)が、最表層では核や細胞小器官を失って乾燥・死滅し、主な細胞骨格蛋白質であるケラチンが残存する形態をなす(角化)。このような細胞が層を成して強固な被膜となり、体液の漏出を防止したり、外界の機械的刺激から内部を守るのに役立つ。
(注3)線維芽細胞
結合組織の固有細胞で、粗面小胞体とゴルジ体の良好な発育を特徴とする楕円形の核と紡錘状の形態をもつ細胞。
[補足説明]
図 生体異物に対するNrf2遺伝子制御の機構

この研究テーマが含まれる研究プロジェクト、研究期間は以下の通りである。
 研究プロジェクト:山本環境応答プロジェクト
(研究総括:山本 雅之 筑波大学 先端学際領域研究センター 教授)
     研究期間:平成14年度〜平成19年度
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本件問い合わせ先:
 伊東 健(いとう けん)
  山本環境応答プロジェクト 分子・細胞応答グループ グループリーダー
   〒305-8577 つくば市天王台1-1-1(筑波大学先端学際領域研究センター)
   TEL:029-853-8454
   FAX:029-853-8457

 長谷川 奈治(はせがわ たいじ)
   科学技術振興事業団 戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
   〒332-0012 川口市本町4−1−8
   TEL:048‐226‐5623
   FAX:048‐226‐2144
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