平成15年9月25日 |
埼玉県川口市本町4-1-8 科学技術振興事業団 電話(048)226-5606(総務部広報室) http://www.jst.go.jp/ |
| ||||||
動物は、外界から食物と酸素を摂取し、エネルギーを産生して、生命を維持している。したがって、動物にとっての重要な環境条件は酸素と食物であり、動物は食物や酸素に内在する毒性への防衛機能を獲得しながら、適応・進化してきたものと考えられる。最近の研究から、この環境応答の障害が、がん・糖尿病などの成人病や慢性疾患の発症基盤を形成していることが示されている。本研究では、これらの事象を具体的に解明するために、環境応答に関連する遺伝子群の発現制御機構に焦点をあてて、それらの遺伝子の発現がどのように制御されているのかを検討した。本グループによる、環境応答転写因子Nrf2とその活性制御蛋白質Keap1(注1)が形成する新たな遺伝子発現制御系の発見は、酸素や食餌性異物応答メカニズムを解明する手がかりとして、世界的で初めてである。 生体防御システムの遺伝子群の発現を活性化させる蛋白質として、現在知られている転写因子(Nrf2)に対し、細胞質に存在する「Keap1」という蛋白質が蛋白質間相互作用を通して、環境からの異物や毒物のセンサーとして機能していると考えられている。今回の研究は、世界で初めてその活性制御蛋白質因子(Keap1)の働きを明らかにしたものである。 Keap1は細胞質に存在する制御蛋白質であり、転写因子Nrf2に結合して同因子を細胞質に保持し、Nrf2による生体防御遺伝子群の発現を抑制する。すなわち、Keap1はNrf2の抑制性制御因子として機能する。本研究では、Keap1の機能を明らかにするために、同因子の遺伝子を破壊した遺伝子組み換えマウスを作製し、その特徴を解析した。当初、Keap1遺伝子を破壊したマウスは、Nrf2の恒常的な核移行と生体防御遺伝子群の発現亢進を招き、その結果、環境毒物に強いマウス個体が得られることが予想された。しかし、Keap1遺伝子を破壊したマウスは生後3週間以内に全て死亡した。当該マウスの食道と前胃の角化重層扁平上皮(注2)は異常に肥厚し、著しい食物通過障害をもたらしていたので、この摂食障害がKeap1遺伝子を破壊したマウスの主たる死因であると考えられる。なお、Keap1遺伝子を破壊したマウス由来の線維芽細胞(注3)や出生直後の肝臓では、予想どおり、Nrf2による生体防御遺伝子群の発現亢進が示された。 一方で、Keap1遺伝子を破壊したマウスにより認められた上述の特徴(角化重層扁平上皮の異常と生体防御遺伝子群の過剰発現)が、Keap1遺伝子とNrf2遺伝子の両方とも欠失したマウスにおいては完全に消失し、マウスの成長が回復することである。すなわち、Keap1遺伝子欠失によりもたらされた異常は、Nrf2の作用による恒常的な生体防御遺伝子群の発現に起因するものと結論される。 本研究は、環境応答がどのような因子によって制御されるのかを、複合遺伝子破壊マウスの表現型から包括的に理解することを試みることを目的としている。今回の成果などにより、多岐にわたる生体防御系遺伝子の発現制御メカニズムにおいて、Nrf2による制御系の重要性が様々な解析により実証されつつある。Keap1とNrf2の相互作用の分子メカニズムを解明したことは、生体防御機構のさらなる理解を可能にするものであり、現在も大きな謎である高等生物における生体毒物・酸化ストレスの感知機構解明につながるものと期待される。また、Keap1-Nrf2の相互作用に対して適切な介入を行うことは、個体における生体防御機能を必要に応じて強化することを可能とし、成人病や慢性疾患の治療にも有用な手法を提供するものと期待される。 | ||||||
| ||||||
| ||||||
この研究テーマが含まれる研究プロジェクト、研究期間は以下の通りである。
| ||||||
| ||||||
|