平成15年8月6日 |
埼玉県川口市本町4-1-8 科学技術振興事業団 電話(048)226-5606(総務部広報室) URL:http://www.jst.go.jp/ |
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◎研究成果の詳細な説明 | |||||
1.ポリマーの複屈折発現と光学素子への影響 | |||||
ポリカーボネートやポリメチルメタクリレートに代表される種々の光学用のポリマー(光学ポリマー)は、その加工の容易さ、取り扱い易さ、軽量、高い透明性、安価などの特長から光ディスク、ピックアップレンズ、液晶ディスプレイ用の光学フィルムなど、様々な光学素子に用いられている。しかし、一般にポリマーを成形する手法である射出成形法や溶融押出法などにより成形を行うと、その成形時にポリマー鎖が配向し、複屈折(注1)が生じることが多い。 この複屈折による偏光状態の乱れは、種々の光学素子に影響を与えるが、特に液晶ディスプレイに用いられる光学ポリマーフィルムの場合、液晶ディスプレイの画質を著しく低下させる。液晶ディスプレイは図1のような2枚の偏光板の間に液晶を挟んだ構造となっており、4枚以上の光学ポリマーフィルム(TACフィルム:トリアセチルセルロースフィルム)が偏光板の裏表各2枚、等)が用いられている。電界を印加し、液晶分子を動かすことによって偏光面の方向を変えている。つまり電界を印加しない場合は光が偏光板を通過できないようにした(OFF)場合、印加した時に偏光板を光が通過する方向に偏光面を90度回転させ、光を通過させている(ON)。 | |||||
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ところが、液晶ディスプレイ内部に使用されている光学ポリマーフィルムが複屈折を持っていると、偏光状態が乱されてしまうため、OFFの状態の時に光が漏れてきてしまったり、ONの状態の時に光が十分に通過できなくなったりしてしまい、画質が著しく低下する。そのため、現在、これらの光学ポリマーフィルムの製造は、溶液流延製膜法という方法により、できる限りポリマー分子を配向させないように行われ、複屈折の低減化が図られている。 しかしながら、溶液流延製膜法はポリマー分子を配向させない様に「ゆっくり」製膜する必要があるため、光学用途以外のフィルムにおいて最も一般的である溶融押出法に比べ、生産速度が1/10~1/100程度に低下してしまう。 | |||||
2.今回の研究成果 | |||||
今回、新たに考案し、実証した光学ポリマーの複屈折消去方法の概念を図2に示す。本方法は、長さ10~数100ナノメートルというナノサイズ(1ナノメートルは100万分の1ミリメートル)の針状無機結晶を光学ポリマーに添加するという、非常に簡便で実用性の高い方法である。針状であるため、ポリマー分子が成形時に配向すると、ポリマーに引きずられるように針状無機結晶が同じ方向に配向する。針状無機結晶は一般に複屈折を示すため、ポリマーの本来持っている複屈折の正負と反対の負号を示す無機結晶を選ぶと、同一方向に配向した時に、お互いの複屈折を打ち消しあう。添加する針状無機結晶の濃度を調節すれば、過不足なく打ち消しあい、複屈折はゼロになる。今回は、アクリル系ポリマーの複屈折を、0.3wt%(重量パーセント)の炭酸ストロンチウムを添加することにより世界で初めて消去した。ナノサイズの無機結晶によりポリマーの複屈折を消去しようという試みは、理論的にもこれまでに検討されておらず、あらたな学術領域を切り開いたといえる。 | |||||
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3.実用化について | |||||
光学ポリマーは、すでに様々な光学素子の材料として使われているが、工業的に生産されている光学ポリマーの種類は、それほど多くない。それはポリマーを生産するための設備や人員などの固定費を考慮すると、ある程度以上生産量および出荷量を達成できなければ採算が合わないことがその一因である。そのため、ポリマー材料の複屈折が大きくても、成形等の工夫により、製品として許容できる範囲に抑えてきた。全く新しい化学構造を持つ新規で複屈折の少ないポリマーを事業化しようという試みもあるが、全く新しいポリマーを事業化するということはかなりのリスクがある。今回実証した方法では、すでに多くの出荷量があるポリマーに、微量のナノサイズ無機結晶を添加するだけで、その複屈折を消去することが可能である。したがって、技術的にも、事業化という観点からも、実用性の高い技術と考えられる。 前述のように、液晶ディスプレイには種々の光学ポリマーフィルムが用いられている。液晶の種類によって、必要とされるポリマーフィルムは異なるが、偏光板と偏光板保護フィルムは全ての液晶ディスプレイに必要とされている。特に偏光板保護フィルムは複屈折を非常に小さくすることが必要である。そのためには製造工程において、ポリマー分子を配向させないことが必要となるため、溶液流延製膜法で製造されている。溶液流延製膜法では、まずポリマーを溶剤に溶かし、ポリマー溶液を調整する。次にこの溶液を基材の上に薄く広げ、ゆっくり溶剤を揮発させながら乾燥させ、フィルムを得る。この工程を連続的に行うため、製造ラインのスタート地点で薄く広げ、非常に長い距離進んだ製造ラインの終点付近で乾燥したフィルムとなるようにする。揮発させた溶剤は全て回収する必要があるため、非常に大きく高価な設備が必要となる。また「ゆっくり」溶剤を揮発させるために、生産速度が非常に遅くなる。 今回の研究成果を応用すれば、ポリマー分子が配向しても複屈折が生じないため、溶液流延製膜法ではなく、工業的に最も広く利用されている溶融押出法により生産が可能となる。溶融押出法を採用することにより、少なくともこれまでの10倍の速度で光学ポリマーフィルムが製造可能となると考えられる。 また溶融押出法は溶液流延製膜法に比べ、製造装置も簡便なもので良いため、製造設備に関するコストについても大幅な低減が可能である。 また、今回の研究成果は光学フィルムに限らず、レンズの様な光学材料にも応用可能である。特に次世代DVDに用いるピックアップレンズ、カメラ付携帯電話の光学系の光学特性の向上や高機能化が期待できる。 | |||||
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