科学技術振興事業団報 第341号
平成15年8月5日
埼玉県川口市本町4−1−8
科学技術振興事業団
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「細菌べん毛繊維の全体構造の原子配置の構築に成功」

-- ポストゲノム時代の超分子複合体の構造解析 --

 科学技術振興事業団(理事長 沖村憲樹)の戦略的創造研究推進事業、総括実施型研究ICORPタイプの「超分子ナノマシンプロジェクト」(研究総括:大阪大学大学院 生命機能研究科教授、難波啓一氏、及びエール大学 分子生物物理・生物科学部教授、ロバート・M・マクナブ氏)は、極低温電子顕微鏡法とその画像解析により、超分子ナノマシン「細菌べん毛」のプロペラの役割を果たすべん毛繊維の全立体構造を高分解能で解析し、世界で初めてその原子配置モデルを得た。
 この成果は、8月7日付の英国科学誌ネイチャーに発表される。

 蛋白質の機能発現には、それぞれが固有の三次元構造を採ることが必須である。三次元構造をアミノ酸配列のみから決定することはまだ不可能で、X線結晶回折法や核磁気共鳴(NMR)法が広く用いられている。しかし、前者は小さくとも数十ミクロン以上の良質な結晶が必要であり、後者は解析できる蛋白質の分子量が通常数万以下に限られる。生体内で働く様々な高分子は、生命機能にとって重要な役割を担うが、立体構造の知られていないものが多い。特に結晶化の非常に困難な超分子複合体等では、個々の構成蛋白質または一部の断片の構造は知られていても、機能発現に重要な超分子内での蛋白質間相互作用がほとんど知られていないのが現状である。電子顕微鏡法を用いると、超分子複合体を結晶化することなく立体構造を解明することができる上、試料の形態や分子量による制限は緩い。短所は、得られる構造の分解能が一般に低いことであった。これまで、電子顕微鏡像の画像解析のみによって生体高分子の原子配置を得ることはできていなかった。今回の成果は、世界で始めての成功例である。

 多くの細菌は、べん毛と呼ばれる運動器官で粘性媒体中を泳ぐ。細菌べん毛は、約25種類の蛋白質からなる超分子ナノマシンで、細胞膜を貫通し高速回転する「べん毛モータ」と、細胞外に細長く伸びたらせん型プロペラ「べん毛繊維」からできている。このうち、べん毛繊維は分子量約5万の蛋白質フラジェリン一種類でできていて、2万〜3万分子がらせん状に重合することにより構築され、その長さは菌体長の約10倍、10〜15ミクロンにも達する。このような巨大な分子複合体の構造を解析することは、X線結晶回折法や核磁気共鳴(NMR)法では不可能である。

 今回の研究成果は、極低温電子顕微鏡法とその画像解析により細菌べん毛繊維の全立体構造を解析し、世界で初めてその原子配置のモデル構築に成功したものである。生体高分子は電子線照射に弱く、個々の分子立体構造を高分解能観察できるほど、たくさんの電子線を照射することができない。そこで、水溶液中の直線型べん毛繊維を急速凍結し、非結晶質の氷に包埋し、液体ヘリウム温度(摂氏−269℃、絶対温度4K)で電子線照射による損傷を最小限に抑え、電子顕微鏡像を撮影した(極低温電子顕微鏡法)。こうして得られた多くの像を新規開発したプログラムを用いて解析した結果、高分解能でその立体構造を解析することができ、細菌べん毛全体の原子配置モデルを得ることができた(図1)。今回の成果は、結晶化の困難な生体超分子を溶液中の機能状態で電子顕微鏡像を記録し、その画像解析のみから原子モデルの構築可能な分解能で構造解析した世界初の結果である。しかも、これまで電子顕微鏡による高分解能の構造解析には100万以上の分子像が必要であると考えられてきたのに対し、今回はたった約4万の分子像で解析を行った。これは、使用した極低温電子顕微鏡の高い性能と、新規開発した多くの画像解析プログラムによるものである。これらの解析プログラムは、生体内に広く見られる繊維状の超分子複合体の構造解析に直ちに用いることができる。そしてこの成果は、ポストゲノム時代の主要な課題でもある、生体内で相互作用しながら機能を発揮している状態の生体分子や超分子の立体構造解析法の確立にむけて、極低温電子顕微鏡の高いポテンシャルと、それを用いた生命機能研究の新たな可能性を示したものである。また同時に、個々の原子を立体的に積み上げてボトムアップ方式で構築し、しかも大量生産の容易なナノデバイス、ナノマシンの設計指針として、ナノテクノロジーの基盤知識となることが期待される。

 得られた構造は、超分子ナノマシンの巧妙な自己構築原理が明らかとなる興味深いものであり、以下のようなことがわかった。
1. 構成蛋白質のフラジェリンが繊維のコア領域でα−ヘリックスの束(coiled-coil)を形成し、最内側での密な疎水性分子間相互作用により繊維構造を安定化していることが明らかになった(図1)。
2. 先に、X線結晶構造解析法で解析されたフラジェリン分子のコア部分と比較し、多くの構造変化が認められた(図2)。このことは、結晶中の構造と実際に機能している構造に違いがあることを示しており、結晶格子に縛られない、水溶液中での生体高分子の生理的構造を解析できる極低温電子顕微鏡法の利点を明確にした。
3. 細菌は、エサとなる化学物質に向かったり水温の低い場所から逃げたりするため、方向転換を頻繁に行う。その際、モータ回転の逆転が起こり、べん毛繊維の構造が左巻きから右巻きに変換する。この形態変換に重要な分子間相互作用等が明らかになり、このナノスケールのスイッチ機構の一部が明らかになった。
4. フラジェリンは細胞内で合成され、べん毛中央を貫通する細長いチャネルを通して先端へ輸送され、繊維の先端で重合が起こり、べん毛は伸びる。このチャネルが主に極性アミノ酸に取り囲まれた直径約20Åの通路であることがわかり、フラジェリンが輸送途中ではかなりほどけた状態であること、そして、このチャネル内表面の性質がほどけたフラジェリン分子の速やかな輸送に重要であることが示唆された(図3)。べん毛は病原性バクテリアの病原因子分泌装置(TypeIII輸送装置)と遺伝的に高い相関関係にあり、その輸送経路の性質を明らかにした初の結果でもあり、創薬分野への応用も期待される。

 本研究は、科学技術振興事業団・超分子ナノマシンプロジェクトと大阪大学大学院生命機能研究科とが相互協力し、米倉功治(大阪大学大学院 生命機能研究科助手、同プロジェクト研究員を兼任)、眞木さおり(同プロジェクト研究員)、及び難波啓一により行われたものである。

図1 図2 図3

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本件の問い合わせ先:

 大阪大学大学院生命機能研究科 教授
   難波啓一(なんば けいいち)
    TEL:0774-98-2543 FAX: 0774-98-2575

 科学技術振興事業団 国際室
   鈴木 寿春(すずき としはる)
    TEL:03-5214-7375 FAX: 03-5214-7379
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This page updated on August 7, 2003

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