科学技術振興事業団報 第326号
平成15年6月20日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団
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「神経細胞膜を二つに分ける仕切り構造を発見」

 科学技術振興事業団(理事長:沖村憲樹)の創造科学技術推進事業の研究プロジェクト「楠見膜組織能プロジェクト」(総括責任者:楠見明弘、名古屋大学大学院理学研究科教授)の中田 千枝子研究員らの研究グループは、名古屋大学大学院理学研究科、脳科学総合研究センターなどと協力し、神経細胞膜には細胞膜を二つに仕切る構造があることを見出し、さらに仕切りの仕組み及び生成過程を世界で初めて解明した。本成果は英国科学誌「ネイチャー・セル・バイオロジー」7月号に発表されるが、印刷版に先立ち、同誌6月23日付オンライン版で公開される。

 神経細胞は他の神経細胞から来た電気信号を受け取り演算する樹状突起と細胞体部分、および出力を行う軸索部分からなり(補足説明図1参照)、それぞれの部分には異なる分子が存在している。細胞膜は液体のような性質を持っており、細胞膜中では膜を構成しているタンパク質やリン資質などの分子は自由に動いて混じり合ってしまうはずであるが、実際は混じり合わない。何故このようなことが起こるのかは解明されていなかった。
 中田研究員らは、細胞膜を作る基本分子であるリン脂質の拡散運動を、ラット脳海馬の神経細胞膜表面上でビデオ撮影し、1分子毎に追跡することに世界で初めて成功した。追跡精度は数ナノメートルである。2つの領域とその境界のイニシャルセグメントという部分(補足説明図1)での運動を1分子毎に追跡し、さらに光ピンセットという方法でリン脂質分子を1分子ずつ引っ張った。イニシャルセグメントに仕切りができること、生後10日目頃までに仕切りが完成することがわかった。「仕切りの存在」についてはこれまで世界的に論争となっていたが、これによって存在が証明された。さらに、この仕切りは、細胞膜直下にある膜骨格という網目構造に、多数の膜貫通型タンパク質分子が結合して膜内に立ち並び、ピケラインを形成することによって作られること、神経細胞の発達に伴ってピケラインがイニシャルセグメントに密集して仕切りとなることがわかった(補足説明図2参照)。
 したがって、2領域での分子の特異的な局在について、以下のような仕組みがあると考えられる。新しく合成された膜タンパク質や脂質は、細胞内小胞の膜に組み込まれる。膜小胞は細胞質内を輸送され、細胞膜上の決まった領域に送られて、そこで膜タンパク質や脂質は細胞膜に組み込まれる。イニシャルセグメントの密集ピケラインは、細胞膜で入出力領域間での分子の混合を防いで分子の分布を正しく保つための仕切りとして働く。
 以上今回の研究成果の意義をまとめると、
1. 細胞は、液体の細胞膜中に、拡散障壁を作り得ることが示されたことで拡散障壁が必要な構造、例えば精子や酵母の出芽構造、等の理解が進む
2. 神経細胞の極性形成(2領域形成)の重要な部分が理解でき、神経回路網の形成機構理解の重要なステップが確立された
3. 隔壁がある人工膜作製のための設計の指針が得られた
の3点を挙げることが出来る。

[用語説明]
注1:ピケライン
杭(フランス語でピケ・・労働争議の時のピケと同じ)が列状に並んだ状態。膜骨格にアンカーされた膜貫通型タンパク質が、膜骨格上に並ぶので、これをピケラインと呼んでいる。
[補足説明図1]1個の神経細胞の模式図。
[補足説明図2]イニシャルセグメントに仕切りができる仕組み。

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本件問い合わせ先

 小林 剛(こばやし たけし)
  科学技術振興事業団 創造科学推進事業
  楠見膜組織能プロジェクト 技術参事
   TEL:052-243-5222 FAX:052-243-5211    

 長谷川 奈治(はせがわ たいじ)
  科学技術振興事業団 戦略的創造事業本部
  特別プロジェクト推進室 調査役
   TEL:048-226-5623 FAX:048-226-5703    
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This page updated on June 23, 2003

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