科学技術振興事業団報 第296号
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「細胞内におけるタンパク質の品質管理の主役が明らかに」

 科学技術振興事業団(理事長 沖村 憲樹)の戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「小胞体におけるタンパク質の品質管理機構」(研究代表者:永田 和宏、京都大学再生医科学研究所 教授)で進めている研究において、細胞内で小胞体がつかさどるタンパク質の品質管理機構の、新たな管理過程の解明に成功した。この研究成果は、京都大学再生医科学研究所・細胞機能調節学分野の永田和宏グループの大学院生小田裕香子、同細川暢子助教授らによって、福島県立医科大学和田郁夫教授との共同研究のもと得られたもので、平成15年2月28日付の米国科学雑誌「Science」で発表される。



 生物の遺伝子レベルでの研究が行われ、生命現象に対する理解が進む中、遺伝子が作り出すタンパク質が生体内でどのような役割を持っているのか研究が盛んに行われるようになってきている。特に、タンパク質の構造や機能を明らかにすることが生命科学の理解には必要不可欠な時代となり、タンパク質が細胞の中でどのようなメカニズムで機能しているのか、どのような反応過程を得るのか、細胞内の仕組みに焦点を当てたさまざまな研究が進められている。
 細胞は、核、ミトコンドリア、ゴルジ体、小胞体などで構成されており、核では染色体やDNAが働いて細胞分裂を行い、ミトコンドリアでは酸素を使ってエネルギーを作り出すなど、それぞれが役割を持って生命活動を支えている。中でも、小胞体はタンパク質の合成と輸送を行う機能を持っている。例えば、細胞内で生体に悪影響を及ぼすような異常なタンパク質が蓄積して、それらが凝集すると細胞は死にいたってしまうので、異常なタンパク質が作られた場合には、小胞体はそれらの異常なタンパク質を見分け、適切に処理して、悪影響を及ぼすタンパク質が細胞の中に野放しにならないよう、厳密にコントロールしている。この対処機構を小胞体の「品質管理機構」と呼んでいる。
 小胞体の品質管理機構を見てみると、それは工場などにおける製品の品質管理と驚くほどよく似た戦略をとっており、大きく分けると小胞体は3つの戦略を持つ。1つの戦略は、本来の機能を持たない異常なタンパク質(変性タンパク質)が生じると、まずそれを正しい機能を持つタンパク質に再生させるため、分子シャペロン(注1)を急速に合成し、もともとの正しい機能を持ったタンパク質への再生能力を高めることによって対処しようとする。もう1つの戦略は、いくら作っても変性タンパク質しかできないような場合(遺伝的変異など)に、タンパク質への翻訳を全面的にストップしてしまうというもの。この第2の戦略は、工場で言えば生産ラインのストップに対応する。さらにもう1つの戦略として、変性タンパク質が蓄積してきた場合には、それを分解する機構を備えている。この分解過程は「小胞体関連分解」と呼ばれ、これは工場で言えば修理不能の不良品の廃棄処分にあたる。それでも対応できなければ、工場なら閉鎖と言うことになるが、細胞の場合にはアポトーシス(注2)によって細胞の自殺を選択して処理することになる。
 永田グループでは、この小胞体の品質管理において、分解すべき変性タンパク質を見分け、その分解過程を促進する因子として、EDEM(Endoplasmic reticulum degradation enhancing α-mannosidase-like protein)と呼ばれるタンパク質を世界ではじめて発見し、遺伝子の抽出に成功している(2001年)。
 今回、永田グループでは、異常を起こしたタンパク質が、小胞体のなかで、どのような経路を経て分解へと回されるか、その際EDEMはどのような他の分子と相互作用して、異常なタンパク質を分解へと回すのかについて、その分子機構を明らかにした。
小胞体においては、未成熟な新生タンパク質を正しく折り畳んで機能を持ったタンパク質に成長させる(フォールディング)ために、カルネキシンという分子シャペロンが関与することが知られている。カルネキシンとEDEMはそれぞれ別の役割を持っているタンパク質であるが、EDEMがこのカルネキシンと相互作用することを見出した。実験では、分解するタンパク質のモデルとして、重篤な肺気腫を引き起こすタンパク質(α1アンチトリプシン)の変異体を用いた。このモデルタンパク質は、細胞内において、まずカルネキシンに結合して、正しい機能を持ったタンパク質になろうとする(フォールディング)。しかし、どうしても正しい構造をとれないときには、カルネキシンから離れ、分解せよというシグナルとして、タンパク質内の糖に変化を起こさせる化学反応を受ける。この糖のシグナルをEDEMが認識し、タンパク質はEDEMに受け渡され、そして小胞体から細胞質へ運び戻されたのち、分解処分されることが明らかになった。小胞体関連分解経路において、タンパク質がひとつの分子(カルネキシン)から別の分子(EDEM)に受け渡されることを示した初めての報告になり、小胞体関連分解経路の分子機構の解明にひとつのステップとなるものである。また、分子シャペロンであるカルネキシンが、小胞体の品質管理を行うEDEMとの間にさまざまの変性タンパク質の受け渡しを行い、小胞体関連分解にも関与していることも明らかになった。カルネキシンの新たな機能が分かったことになる。

 細胞内のタンパク質品質管理は、さまざまな病態と密接にリンクし、細胞生物学、医科学のキーワードになりつつある。この品質管理機構が破綻すると、アルツハイマー病、ハンチントン舞踏病などをはじめとする、一般にはフォールディング異常病と総称されるさまざまの神経変性疾患の原因となる。また、狂牛病などで知られるプリオン病も、プリオンタンパク質のフォールディング異常によって生じる感染性の疾患である。このようにフォールディング異常およびその防御機構としてのタンパク質の品質管理機構は、上記の病態の治療などに極めて大切な研究テーマである。今回の成果により、その品質管理機構の解明が進み、病態の解明と治療に寄与することが期待される。

(注1) 分子シャペロン…細胞内のタンパク質は合成されただけではまだ未成熟で機能しないため、これを正しく折りたたみ、ある場合には複合体を形成させ、生体内で機能を持つように手助けを行う必要がある。この手助けを行うタンパク質を分子シャペロンという。また、熱などのストレスで蛋白質が傷まないようにするはたらきももつ。
シャペロンの語源は、若い女性が社交界に通用する貴婦人になれるように介添えをする後見人(婦人)のことで、タンパク質の介添え役の意。今回はカルネキシンがその役目を負っている。
(注2) アポトーシス…プログラム細胞死の過程であり、例えば、手足の指が形成される時期の指と指の間の細胞死などがあげられる。

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域:たんぱく質の構造・機能と発現メカニズム(研究総括:大島 泰郎 東京薬科大学 教授)
研究期間:平成13年度〜平成18年度
(補足説明資料)
小胞体における品質管理の4つの戦略

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本件問い合わせ先:
 永田 和宏(ながた かずひろ)
  京都大学再生医科学研究所 細胞機能調節学分野
   〒606-8397 京都府京都市左京区聖護院川原町53
   TEL:075-751-3848 FAX:075-751-4645
   
 森本 茂雄(もりもと しげお)
  科学技術振興事業団 研究推進部 研究第一課
   〒332-0012 川口市本町4−1−8
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This page updated on February 28, 2003

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