(補足説明資料)
京都大学 再生医科学研究所
永田 和宏

 ポストゲノムと言われる時代にあって、細胞内のタンパク質の動態が注目されるようになった。タンパク質は、従来考えられてきたような、遺伝情報に従って正しく合成されれば、自動的に機能をもった正しい構造をとるものではなく、むしろ細胞内では、正しい構造をとっていない不安定な中間体(ほどけた、non-nativeな中間体)が多数を占めていると考えられるようになってきた。これらきわめて不安定な中間体構造は、変性や凝集を起こしやすく、ある場合にはアミロイド繊維を形成し、細胞死を引き起こす。遺伝的な変異や、細胞にかかった種々のストレスなどの原因によって引き起こされる、タンパク質の変性・凝集・アミロイド繊維形成などは、アルツハイマー病を始めとする神経変性疾患など、タンパク質フォールディング(折り畳み)異常病と総称される各種疾患の原因となる。

・タンパク質の品質管理
 作られたタンパク質の分解は、厳密な分解シグナルのもとに管理されているが、分泌タンパク質や膜タンパク質などの糖タンパク質の分解には、タンパク質に付加された糖鎖のうち、マンノースが9個から8個へトリミングされることが、分解シグナルとなることが知られていた。永田グループでは、この分解シグナル(マンノース 8 型)を認識して、分解を促進する特異的な因子、EDEMを世界ではじめて発見、クローニングしていた(2001年)。EDEMはマンノース8型の糖鎖のみを認識し、それを分解シグナルとして、分解系にまわす。EDEMを細胞に遺伝子導入することによって、変異タンパク質の分解を促進することを示した。この分解は小胞体関連分解と呼ばれ、分解されるべきタンパク質は、いったん小胞体から細胞質ゾルへ逆輸送されたのちに、ユビキチン・プロテアソーム系と呼ばれる、分解酵素系によって分解される。

・小胞体関連分解におけるEDEM
 今回、分解されるべき基質タンパク質が、小胞体のなかで、どのような経路を経て分解へと回されるか、その際EDEMはどのような他の分子と相互作用して、基質を分解へと回すのかについて、その分子機構を明らかにするとともに、その中心的な因子としてのEDEMの重要性について報告をした。

・NHKとEDEMとカルネキシンの相互作用
 小胞体においては、新生タンパク質のフォールディングにカルネキシンという分子シャペロンが関与することが知られているが、EDEMはこのカルネキシンと相互作用することを明らかにした。分解のモデル基質として、α1アンチトリプシンの変異体(NHK)を用いた(α1アンチトリプシンはエラスターゼという酵素の阻害剤であるが、これが変異によって正しくフォールディングされず、分泌されないと、エラスターゼが肺胞を攻撃するのを阻害することができず、重篤な肺気腫を引き起こす)。NHKを基質として、小胞体関連分解(ERAD)を調べると、カルネキシンがERADにも関与していることが明らかになった。
 EDEMは、単独で働くのではなく、カルネキシンと結合していることが確かめられた。基質はまずカルネキシンに結合し、正しくフォールディングしようとするが、どうしてもフォールディングできないときには、カルネキシンから解離し、糖鎖のトリミングを受けるとともに、EDEMに受け渡されることを明らかにした。カルネキシン上で変異がまだ修復可能な場合には再生に回されるが、修復不能になると処理装置であるEDEMに回されて、分解が促進されるものと考えられる。実際に、変性したタンパク質がたくさん蓄積してくると、EDEMが大量に合成されて、分解処理能力をあげていることも明らかにしている。ERAD経路において、基質がひとつの分子から別の分子に受け渡されることを示した初めての報告になり、ERAD経路の分子機構の解明にひとつのステップとなるものである。

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This page updated on February 28 2003

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