科学技術振興事業団報 第274号
平成14年11月12日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団
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「三安定性液晶デバイスを初めて実現」

 科学技術振興事業団(理事長:沖村憲樹)の創造科学技術推進事業「横山液晶微界面プロジェクト」(総括責任者:横山浩、産業技術総合研究所 ナノテクノロジー研究部門長)は、ナノテクノロジーを液晶に応用することで、電源を切っても画像が消えず、超微細表示が可能な液晶ディスプレイなどに応用できる、三安定メモリー性液晶デバイスの原理発見と動作確認に初めて成功した。
 今回の研究で、液晶デバイスを構成する下部基板上に塗布された高分子表面を、原子間力顕微鏡の探針で3つの方向にこすって傷をつけ(ナノラビング)、微小領域からなる6回対称の配向パターン(図3(a))を形成した。この基板上に形成されたネマチック液晶層は、配向パターンの影響を受け、特定の配向を持つことを見出し、さらに、配向パターンが6回対称であるために液晶配向が3つの安定状態をとりうる、すなわち三安定性を液晶デバイスで始めて発現させることに成功した。これは、従来均一性を第一に追求してきた液晶デバイスの表面配向に、あえて微小なパターンによるひずみを導入することにより、新たな液晶配向の安定状態を作りだせることを見出し、実現したものである。この3つの液晶配向の安定状態は電場の印加によって切り換えることができ、電場のオンオフで三安定メモリー性を制御することができる(図3(b))
 現在ノートパソコンなどに幅広く用いられている液晶ディスプレイは、表示した画像を保持するには電場を常に印可する必要がありメモリー性はもたない。これは、ネマチック液晶が、大面積にわたって一定の方向に配向させることが容易であるという特徴の裏返しであり、複数の配向を安定に保持することが難しいためであった。本研究成果は、ネマチック液晶デバイスに三安定メモリー性という新機能を実現したものであり、その配向の安定性が非常に高いことからもノートパソコン、電子ブック等の超低消費電力・高精細液晶ディスプレイ技術等に応用が見込まれる。本成果は、横山浩リーダと研究員の金鍾賢および米谷慎グループリーダらによって得られたもので、平成14年11月14日付の英国科学雑誌「ネイチャー」で発表される。

 液晶材料は、ノートパソコン、液晶TV、携帯情報機器などのディスプレイとして幅広く用いられている。現在、ほとんどの液晶ディスプレイには、ネマチック液晶が用いられており(注1)、電場印加による液晶分子の向き(配向)の変化を利用して光の透過率を制御し、画像の表示を行っている。しかし、表示した画像を保持するには電場を常に印加する必要があることから、超低消費電力のディスプレイを実現するには電場をオフにしても画像が保持されるメモリー性といわれる特性が望まれている。近年特に、電子ブックやモバイル、ウエアラブルコンピュータなどの新たなアプリケーションの登場によって、省電力化の実現に向けてこのメモリー性の重要性が再認識されている。
 しかし、ネマチック液晶は対称性が高く、大面積にわたって一定の方向に配向するという自由度をもつ(一軸対称性という)以外は、普通の液体と同じであることから、メモリー性の起源となる多重安定状態(注2)は極めて生じにくいとされてきた。液晶によるメモリー効果の発現には、これまでにも幾つかの提案がなされてきたが、それらの多くは微妙なエネルギーのバランスの結果として生じる複数の準安定な状態を利用したもので、必然的に温度や材料種によって特性が敏感に変化してしまうことや、衝撃に弱いことなどから実用には至っていない。
 本研究では、液晶デバイスを構成する下部基板上に塗布された高分子膜表面にナノスケールで配向パターンを形成し、表面の対称性を高めることにより、ネマチック液晶の一軸対称性に抗して配向の多重安定状態を作り出し、メモリー性を発現させることに成功した。この表面の配向パターンは、原子間力顕微鏡(AFM)の探針を図1のように場所により異なる方向にナノラビング(注3)することにより作り出すもので、全体として例えば図2のような市松模様として形成することができる。当プロジェクトではこれまでに、数μmピッチのサイズで作成したこの市松模様の配向パターンとネマチック液晶を用いることにより、液晶配向が市松模様の対角線方向に沿うことを見出し、2方向の対角線方向で安定となる双安定性ネマチック液晶素子を実現している。この市松模様の表面配向パターンは面法線の周りの回転について4回対称性を持ち、ネマチック液晶の一軸対称性との組み合わせが、メモリー性発現の条件である多重安定状態を生み出したものである。安定なメモリー性と図2bに示す電極を用いた電場印加による2状態間のスイッチングを確認している。
 今回、配向パターンをナノ〜マイクロスケールで増やし、全体としての配向の対称性を高めることで、双安定性をさらに高次の多重安定性に展開できることを実証した。具体的には、図3(a)に示す6回対称の配向パターンにより、これまで液晶では例のない三安定性を実現することに成功した。三安定状態間のスイッチングは、双安定の場合と同様に、目的とする配向方向に電場を印加することで実現できる(図3(b))
 今回の成果の最大のインパクトは、微小な表面配向のパターンによって、これまで困難とされてきた多重安定メモリー性のあるネマチック液晶デバイスを全く新しい原理により可能とする方法を提案したことにあり、液晶本来の強みである低消費電力用途応用をさらに追及した電子ブックなどの超低消費電力・高精細液晶ディスプレイ技術等に応用が見込まれる。


注1)ネマチック液晶を用いた液晶ディスプレイについて
偏光フィルターとねじれた液晶の組み合わせで、液晶ディスプレイができている。
ネマチック液晶は、一定方向の溝を刻んだ板に接触させると、溝に沿って一定の方向に並ぶ性質がある。溝の向きを90度変えた2枚の板で液晶をはさむと、液晶分子は90度ねじれて配列する。
代表的なTN型ネマチック液晶では、90度ねじれた状態にある液晶を、2枚の偏光フィルターではさみこんでいる。液晶分子の配向が90度ねじれた状態では、そこを透過する光も90度ねじれて通る。分子のねじれは、上下方向に電場をかけることにより解消されることから、2枚の偏光フィルターを偏光方向が直交するように並べて置けば、電場をかけていない状態では光が通り、電場をかけた状態では光が遮断され画面上では黒くなるという動作につながる。つまり電場をかけた状態では、液晶が光のシャッターの機能を果たしている。

注2)多重安定状態
一つの条件で、複数の安定な状態をとりうる性質を多重安定性いう。
安定な状態が二つあるときに双安定性、三つあるときに三安定性という。
本件の場合には、液晶デバイスに加わる電場が0という一つの条件で、液晶デバイスの光透過性が明・暗(双安定)あるいは明・灰・暗(三安定)と複数の状態をとることを確認している。

注3)ナノラビング
液晶分子を基板表面上でその向きを揃える技術をラビングといい、従来のラビングでは、ナイロン布の毛足(数十ミクロン径)で基板表面のポリマー薄膜をこすることによって行う。ナノラビングは、ラビングをナノメータスケールで精密に制御して行なう技術であり、本件で用いたナノラビングではAFMの探針でポリマー表面を走査(スキャン)して、配向をつけている。


◆図1AFMナノラビング
◇図2(a)市松模様配向パターンと双安定スイッチング
◇図2(b)画内電場スイッチングのための電極配置
◆図3(a)三安定性を発現する6回対称配向パターン
◆図3(b)三安定ネマチック液晶デバイスの電極配置例と、それぞれの対となる電極間に電場を加えてスイッチングさせた後の三安定状態の透過光学イメージ



本件問い合わせ先:

横山 浩(よこやま ひろし)
科学技術振興事業団 横山液晶微界面プロジェクト 総括責任者
〒300−2635 つくば市東光台5−9−9
筑波研究コンソーシアム第一サテライト
Phone 0298-47-9818  FAX 0298-47-9819
http://www.nanolc.jst.go.jp/

長谷川 奈治(はせがわ たいじ)
科学技術振興事業団 戦略的創造事業本部
特別プロジェクト推進室 調査役
TEL:048-226-5623 FAX:048-226-5703


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