[補足説明]

(研究の背景)
 ヒトをはじめとする真核生物では、数万の遺伝子が染色体に分納される形で総体となるゲノムが構成されている。一つ一つの染色体は、ひも状のDNAにコアヒストンが凝縮した長い直鎖状の構造体であり、そのDNA配列中に遺伝子の情報が書き込まれている。このような直鎖状の染色体の両末端は、テロメアと呼ばれる特殊な構造がある。テロメアは、細胞増殖時にDNAを正常に複製したり、DNAを損傷から保護するために、染色体の他の領域に比べて凝縮した構造を形成していることが知られていた。
 近年の研究によって、テロメア近傍の染色体領域では遺伝子発現が不活化されていることがわかっていたが、この不活化された凝縮領域と、遺伝情報を担う他の染色体領域がどのように分け隔てられているのかについてはわかっておらず、染色体構造の大きな謎とされてきた(図1)。

図1.テロメア近傍の染色体構造

(具体的な実験結果・考察)
 転写基本因子と相互作用する活性を手がかりとして、染色体からの遺伝子発現に関わる因子(「ジーンセレクター」)を酵母から単離する戦略により、コアヒストンの化学修飾に関わる酵素を探索した。その結果、「ジーンセレクター」の1種であるSas2蛋白質が、コアヒストンにアセチル基と呼ばれる化学修飾の目印をつけるのに関わる酵素であることを明らかにした。次に、この酵素を細胞内で変異させた酵母株を作製し、染色体からの遺伝子発現に異常が生じるかどうかを検証したところ、Sas2変異細胞ではテロメア近傍に位置する遺伝子群の発現が有意に減少することを見出した。さらに、この影響は染色体を凝縮させる蛋白質の1種であるSir3の存在に依存していることを見出した。そこで次に、コアヒストンの化学修飾の状態をテロメアからの距離に応じて解析した。コアヒストンを構成する蛋白質の一つにH4と呼ばれる蛋白質が知られているが、この蛋白質はテロメアから離れた領域にある場合、その16番目のリジン残基がアセチル化されていることが知られていた。しかし、Sas2を変異させた細胞では、テロメアから離れた場合でもH4蛋白質のこのリジン残基はアセチル化されていないことが判明した。また、テロメアから離れたコアヒストンには通常、凝縮蛋白質の1種であるSir3が結合しないことが知られているが、Sas2を変異させた細胞ではテロメアから離れた領域にまでこの凝縮蛋白質が結合しており、染色体が長い領域にわたって過剰に不活性化してしまうことが示唆された(図2)。このような知見から、テロメアから離れた領域ではSas2がコアヒストンをアセチル化することにより、テロメアに局在している凝縮蛋白質が他の領域まで拡散しないように防いでいることが示唆された。
 一方、テロメア近傍での遺伝子発現の不活性化には、別の「ジーンセレクター」であるSir2が関わることを見出した。Sir2はテロメア付近のコアヒストンがアセチル化しないように保つ酵素活性があり、この酵素を欠損するとテロメアの凝縮構造が解消してしまうことが今回示唆された(図2)。

図2.正常細胞と異常細胞の染色体構造

 以上の知見から、染色体のテロメア形成において、コアヒストンをアセチル化する酵素(Sas2)とそのアセチル化を解消する酵素(Sir2)の酵素活性のバランスにより、テロメア周辺の領域にアセチル化の目印が与えられ、テロメアに近接した領域だけで遺伝子発現が不活性化し、他の領域にこの影響が広がらないメカニズムが明らかとなった(図3)。

図3.テロメア周辺の染色体の構造形成機構

(今回の成果のポイント)
 テロメアで起こる染色体凝縮が他の領域に広がらないように区切る酵素(Sas2)を発見した点がポイントである。
 また、この染色体凝縮を区切る目印の位置がコアヒストンをアセチル化する酵素(Sas2)とそのアセチル化を解消する酵素(Sir2)の活性バランスで決定されていることを初めて明らかにした。さらに、この酵素反応がコアヒストンの1アミノ酸残基を標的としている点を突き止めたことも重要なポイントである。

(研究成果の社会的意義)
 テロメアは、がんなどの不死化した細胞や近年作製されているクローン動物などで異常があることが知られている。テロメア周辺の染色体構造の仕組みを明らかにした本研究は、細胞寿命を人為的に制御する応用展開につながるものと期待される。

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This page updated on October 14, 2002

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