科学技術振興事業団報 第266号
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国際共同研究事業における成果について

「半導体素子を用いて単一光子の発生に成功」
--量子情報技術の中核デバイスとして期待--

 科学技術振興事業団(理事長 沖村憲樹)の国際共同研究事業において、量子暗号に欠かせない量子ビットの伝送技術である量子中継を実現するのに必要な、区別できない単一光子を決められた時刻に発生することに世界で初めて成功した。この成果は、10月10日付の英国科学誌ネイチャーに発表される。

 本研究は、科学技術振興事業団の量子もつれプロジェクト(代表研究者はスタンフォード大学教授/NTT R&Dフェロー、山本喜久氏、及びフランス国立科学研究センターエコール・ノルマル・シュペリオール物理学科長・教授、アロシュ氏)において行われたものである。

 将来どのような予期せぬ技術革新が起ころうとも、未来永劫にわたって絶対に盗聴されないという夢の暗号方式が現実のものとなりつつある。量子暗号である。量子暗号では、各パルスには単一の光子だけが注入され、その光電界の振動の向き(これを偏波という)を変調して0又は1というビット情報を伝送する。量子暗号の安全性は、盗聴に入った第三者がいかに巧妙な手段で単一光子の偏波状態を測定しようとも、その痕跡が測定された単一光子に残り、そのため盗聴行為が見つけられてしまう事によっている。観測された事によって状態が変わってしまう現象は“波束の収縮”と呼ばれ、我々が慣れ親しんでいる古典的な世界には起こり得ない量子の世界に特有の不思議な現象である。
 しかし、この量子暗号には実用技術として重大な欠点があった。各パルスに単一光子ではなく、約1億個の光子を詰め込んで情報を伝送する通常の光ファイバ通信では、伝送路の損失による信号の減衰を光増幅中継という技術で元へ戻し、これによりビット情報を5,000 Kmから10,000 Km(大平洋横断距離に相当)を伝送する事ができる。これに対し、単一光子を用いた量子暗号ではこの光増幅中継技術は使えず、情報は約20 Kmまでしか伝送できない。より遠くへ暗号を送らなければならない時には、まだ実現していない量子中継という全く新しい技術を用いなければならない。
 量子中継は、また超高速・超大容量の夢の計算機といわれている量子コンピュータの中核技術としても期待されている。大規模な量子コンピュータを実現するためには、0又は1のどちらかという従来の古典ビットではなく、0と1に同時にまたがって存在する量子ビットと呼ばれる新しい情報を忠実に伝送する計算機ネットワークの構築が欠かせない。量子中継は、この量子ビットの忠実な伝送を可能にする。また最近では、量子中継そのものを量子コンピュータの論理素子として使って、光子だけで量子コンピュータを実現できる事が示され、その実現へ向けた研究が全世界的に展開されている。
 この量子中継を実現するに当たって最も大きな障害となっていたのが、区別できない単一光子を決められた時刻に発生する技術である。単一光子が光源から放出され始めてから放出し終わるまでの時間を光子のパルス幅という。次々と放出される単一光子パルスで、このパルス幅の間に光電界が全て同じ周波数で、しかも位相の乱れが全くない振動を行なっている時、これらの単一光子を区別できない量子粒子という。逆に単一光子パルスに周波数のゆらぎや位相の乱れが少しでもある場合には、区別できる量子粒子という。区別できない単一光子の特徴を最も劇的に表わす実験を図1に示す。2つの単一光子が半透明(透過率、反射率50%ずつ)のビームスプリッタで衝突する事を考える。区別できる単一光子の場合には、それぞれの光子が独立に透過と反射を等しい確率で行なうので、ビームスプリッタの出力側には、(1, 1)、(2, 0)、(0, 2)という出力パターンが2対1対1の割合で起こる。これを古典散乱という。一方、ビームスプリッタに入射する2つの区別できない単一光子が同じ偏波を持っている場合には、出力は(2, 0)か(0, 2)のどちらかのみになり、(1, 1)という出力パターンは決して現われない。これは検出された2つの光子が区別できないため、それぞれの光子が右側からビームスプリッタに入射したのか、左側から入射したのかが分からないために起こる量子干渉効果の一種である。逆に、2つの区別できない単一光子が逆向きの偏波を持っている場合には、出力は(1, 1)のみになり、決して(0, 2)、(2, 0)という出力パターンは現われない。前者をボゾン型量子散乱、後者をフェルミオン型量子散乱という。量子中継は実はこの量子干渉効果に基づいている。従って、量子中継を実験するためには区別できない単一光子を規則的に発生することが必要なのである。
 科学技術振興事業団、国際共同研究事業の量子もつれプロジェクト(代表研究者:山本喜久スタンフォード大学教授/NTTR&Dフェロー、サージ・アロッシュ  エコール・ノルマル・シュペリオール教授)は、NTT物性科学基礎研究所の協力を得て、この区別できない単一光子の発生に世界で初めて成功した。用いられた素子は、量子ドットと呼ばれる厚さ4ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)、直径20ナノメートルの円板状のInAs半導体微細構造をGaAsとAlAsという2種類の半導体からなる3次元のモノリシック・マイクロキャビティの中央に閉じ込めたものである(図2)。パルス光を用いて、この量子ドットの中に複数の電子−ホール対を注入すると、その数に相当する光子が次々と放出される。この時、最後に放出される光子だけが他と光子とは異なる、ある決まった波長で発光することが見い出された。そこで、光波長フィルタでこの最後に放出される光子だけを取り出せば、単一光子を発生できる事を思いついた。今回の発明の第一のポイントはここにあった。
 しかし、このようにして発生された単一光子は、まだ区別できない単一光子ではなかった。単一光子のパルス時間幅が長く、その間に位相が乱れてしまうからであった。この問題を解決する方法としてグループが着目したのは、量子ドットを非常に小さな共振器中に置くと、電子−ホール対は自由空間中に置いた場合よりもずっと早く光子を放出するため、パルス幅が短くなるのである。グループでは、0.05立方マイクロン(1マイクロンは100万分の1メートル)という極めて小さな体積のキャビティ中に単一の量子ドットを配置して、これにより単一光子のパルス時間幅を1/5に縮小する事ができた。その結果、次々と放出される単一光子の光電界は周波数が一定で、しかもパルス幅内で位相の乱れがないことが確認された。これが区別できない量子粒子になっていることが判明した。図3はこれを実証した実験結果である。異なった時刻に発生された2つの単一光子を50%−50%のビームスプリッタ上でちょうど重なるようにし、衝突させると、出力が(1, 1)というパターンになる割合が抑圧され、図1に示したボゾン型量子散乱、すなわち、(0, 2)か(2, 0)のどちらかの出力パターンしか起こらない事が確認された。
 量子もつれプロジェクトでは、この実験と同時に半導体量子ドットから40%という高い効率で単一光子を取りだせること、パルスに光子が2個以上いる確率が1%以下となっていることも確認し、この半導体素子が区別できない単一光子の実用光源になることが実証できたとして、今後、量子中継・量子コンピュータへの応用を目指す予定である。

図1
図2
図3

本件の問い合わせ先:
(1)科学技術振興事業団 国際共同研究事業「量子もつれプロジェクト」
   代表研究者:山本喜久
   TEL:1-650-725-3327 FAX: 1-650-723-5320

(2)科学技術振興事業団 国際室
   調査役 佐藤雅之
   TEL 048-226-5630  FAX 048-226-5751


This page updated on October 9, 2002

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