科学技術振興事業団報 第262号
平成14年10月4日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団
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国際共同研究事業における成果について

「半導体中でボーズ・アインシュタイン凝縮を実現」
---半導体物質波レーザの誕生---

 科学技術振興事業団(理事長 沖村憲樹)の国際共同研究事業において、半導体量子井戸と呼ばれる厚さ5ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)という半導体超薄膜中を自由に伝搬するエキシトンでボーズ・アインシュタイン凝縮を観測することに世界で初めて成功した。この成果は、10月4日付の米国科学誌サイエンスに発表される。

 本研究は、科学技術振興事業団の量子もつれプロジェクト(代表研究者はスタンフォード大学教授/NTT R&Dフェロー、山本喜久氏、及びフランス国立科学研究センターエコール・ノルマル・シュペリオール物理学科長・教授、アロシュ氏)において行われたものである。

 量子論によれば、原子や分子のような質量をもった粒子も光と同じ波であると理解されている。周波数と位相がきれいに揃った光がレーザによって作り出されたように、粒子や物質もきれいな波として発生する事ができるはずである。これを、物質波またはド・ブロイ波という。今から70年程前に、ボーズとアインシュタインによって予言されたボーズ・アインシュタイン凝縮という過程によって、位相の揃ったきれいな物質波が作り出される事が知られている。1995年、真空中に捕獲された原子を室温の1億分の1という極低温に冷却する事によりボーズ・アインシュタイン凝縮が初めて観測された。数年後には、これを利用した物質波(原子)レーザが実現された。昨年度のノーベル物理学賞は、この研究に対して米国の3人の研究者へ贈られた。
 固体中でボーズ・アインシュタイン凝縮を実現する試みは、30年以上も前から行なわれてきたが、これまで明白な実験結果は得られていなかった。実験の対象となった粒子は原子ではなくエキシトンと呼ばれ、負の電荷を持った電子と正の電荷を持ったホールが対(ペア)を作ったもので、水素原子に似た性質を持っていることから“固体中の水素原子”とも呼ばれている。固体中のエキシトンのボーズ・アインシュタイン凝縮がこれまで実現されなかったのには、いくつかの理由があった。固体結晶中に存在する様々な欠陥、不純物によって、エキシトンの波としての自由な伝搬が遮られて、局所的に捕獲されてしまうことがまずあげられる。この現象をエキシトンの局在効果という。さらに、真空中に捕獲された原子に対しては、室温の1億分の1という極低温にこれを冷却する事が可能であったが、固体中のエキシトンの場合には、冷却温度の限界はせいぜい室温の1万分の1程度である。低温であるほど、少ない数の粒子でボーズ・アインシュタイン凝縮は起こるので、冷却温度に限界のある固体は不利であった。
 科学技術振興事業団の国際共同研究事業、量子もつれプロジェクト(代表研究者:山本喜久 スタンフォード大学教授/NTTR&Dフェロー、サージ・アロッシュ  エコール・ノルマル・シュペリオール教授)は、フランス国立科学院(CNRS)の協力を得て、半導体量子井戸と呼ばれる厚さ5ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)という半導体超薄膜中を自由に伝搬するエキシトンでボーズ・アインシュタイン凝縮を観測することに世界で初めて成功した。
 量子もつれプロジェクトでは、ボーズ・アインシュタイン凝縮の起こる温度の限界(これを転移温度という)が粒子の質量に逆比例することに着目し、エキシトンの質量を軽くして転移温度を高くする方法を探索してきた。その結果、図1に示すように、量子井戸エキシトンを光の微小共振器と強く結合させる事により、エキシトンの実効質量を水素原子の質量の100万分の1にまで軽くできる事を見い出した。これは、エキシトンが微小共振器中の光子へ変換され、その光子が再びエキシトンへ変換されるという過程が100フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)という非常に短い周期で繰り返される事により、エキシトンがほとんど光子と同じ実効質量を持つようになるためである。これにより、同じ粒子数では、水素原子のボーズ・アインシュタイン凝縮の起こる転移温度よりも100万倍も高温でエキシトンのボーズ・アインシュタイン凝縮が起こる事が予測された。
 実際、今回の量子もつれプロジェクトの実験では、真空中に捕獲された原子に比べ、100万倍も高温の絶対温度4度(−270℃)で、GaAs半導体量子井戸中のエキシトンのボーズ・アインシュタイン凝縮を達成する事に成功した。図2は、ボーズ・アインシュタイン凝縮が起こる前と起こった後のエキシトンのエネルギーと運動量の分布を示している。ボーズ・アインシュタイン凝縮が起こる前には、広い運動量の範囲に広がって分布していたエキシトンが、ボーズ・アインシュタイン凝縮が起きた後では最も運動量の低い状態に集中している事が分かる。
 このボーズ・アインシュタイン凝縮したエキシトンは、1ピコ秒=1兆分の1秒というごく短い時間で光子を放出して崩壊する。その過程で発生する光はレーザ光と同じく位相の揃ったきれいな光である。そのため、現在光通信用光源からDVD用ピックアップに至るまで様々な分野で使われている半導体レーザの代替技術となる可能性がある。半導体レーザに比べ、100分の1以下の消費電力、又100倍高速のスピードで動作する事が理論的に予想されている。しかし、40年前にレーザが発明されて、位相の揃ったきれいな光が初めて作り出された時、これが今日の光通信やDVDなどの光源として使われるようになるとは想像もできなかったように、半導体素子からの位相の揃った物質波の発生が、将来どういう使われ方をするようになるのかは今は不明である。

図1
図2

<図の説明>
[図1]
量子井戸に閉じ込められたエキシトン(負の電荷を持った電子(e)と正の電荷を持ったホール(h)が作る対(ペア)で固体中の水素原子に相当する)を光の微小共振器(2枚のミラーから構成される)へ強く結合させる事により、エキシトンの有効質量を水素原子の質量の100万分の1へ小さくできる。こうして、ボーズ・アインシュタイン凝縮の転移温度を水素原子のそれの100万倍高温にできる。

[図2]
ボーズ・アインシュタイン凝縮の起こる前と起こった後のエキシトンのエネルギー対運動量(速度)分布を示す。ボーズ・アインシュタイン凝縮の起こる前には、広い運動量の範囲に分布していたエキシトンは、ボーズ・アインシュタイン凝縮の起こった後では、最小の運動量を持つ状態へ分布が集中している。


<言葉の説明>
[ボーズ・アインシュタイン凝縮]
偶数のスピンを持つ粒子(これをボゾン粒子という)をある空間に閉じ込めて冷却していくと、ある転移温度を境にして、粒子が次々と運動量が最小状態へ集中するようになる。これらの粒子は全て同じ位相を持った粒子の波(物質波)となる。70年前にボーズとアインシュタインによって予言され、1995年真空中に捕獲された原子で初めて観測された。

本件の問い合わせ先:
(1)科学技術振興事業団 国際共同研究事業「量子もつれプロジェクト」
   代表研究者:山本喜久
   TEL:1-650-725-3327 FAX: 1-650-723-5320

(2)科学技術振興事業団 国際室
   調査役 佐藤雅之
   TEL 048-226-5630  FAX 048-226-5751


This page updated on October 4, 2002

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