研究主題「プロトニックナノマシン」の研究構想(概要)


 エネルギー代謝や物質代謝、自己増殖や環境への適応等の様々な生命機能の根源は、蛋白質や核酸など巨大分子の複雑なネットワークによるエネルギー、信号、物質の流れである。膨大な種類の分子が、あたかも機械のように設計されてそれぞれの役割を果たし、その複雑なネットワークの活動を支えている。これらは分子機械と言うこともできるが、以下のように、人間が作る機械とは際だつ特徴を持つ。1)個々の原子を部品として設計され、ナノメートル(10億分の1メートル)サイズである。2)時と場所を選び立体構造を自己形成する。3)水素結合などの弱い力によって立体構造が形成され、柔軟な構造である。このような分子機械の特徴の成因には、プロトン(H+)が大きな役割を果たしており、半導体素子の中で電子が果たす役割と似ている。すなわち、生命にとって必須な水の中では信号やエネルギーのキャリアとしてはプロトンが支配的であり、その挙動を基に巨大分子の動作機構を解き明かして行くことが、生命の分子機構を解明するためには必要不可欠である。
 本研究は、プロトンのやりとりを通して極めて微小な力や構造変化を効率よく伝達、増幅、変換する、生物の分子機械特有の物理過程とそれを支える機構を理解しようとするものである。具体的には、X線と電子線を相補的に用いて巨大分子複合体の構造を原子レベルの分解能で解き、計測限界に近いプロトンの流れの計測とエネルギー変換にともなう入出力のダイナミクスの解析を通して、分子機械の未知の原理を解明する端緒を探る。
 この研究により創出される生体分子集合体の構造や機能の解析法は、重要な働きをするにもかかわらずその立体構造が未解明な多くの蛋白質の構造解明に用いられ、その機能をより一層深く理解する上で役立てられ、医薬品分野に重要な貢献をするとともに、生物からヒントを得た新しいエネルギー変換システム開発の手がかりを与えることが期待される。

用語説明
水素結合
 2原子間に水素原子が介在することによってつくられる弱い結合。一般に水素結合は、X-H基とY原子との間に形成され、X-H…Yと書き表せる。ここでXとYとはともに電気的に負になり易い酸素や窒素などのような原子であることが必要である。
プロトン
 陽子ともいい、ふつうpまたはHで表す。


This page updated on March 26, 1999

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