光触媒による簡易な農薬廃液処理方法の開発

-水稲種子消毒農薬廃液を例として-


○ 現行の処理方法の問題点
 水稲種子消毒は病害虫防除を目的とし、生産安定のために必須ですが、消毒後の農薬廃液処理を適切に行う必要があります。現在、神奈川県では活性炭に吸着させ、凝固剤を添加し、濾過し、残さを乾燥して、産業廃棄物業者に後処理を託す方法を指導しています。現行の処理方法は、図1に示した方法ですが、手作業となり労力と時間が必要となるため、より簡易で安価かつ確実な方法の開発が望まれています。また、環境保全的見地からも産業廃棄物を排出しない方法の開発が期待されています。

○ 酸化チタン光触媒を用いた廃液処理
神奈川県農業総合研究所と神奈川科学技術アカデミー(リーダーは橋本和仁東京大学先端科学技術研究センター教授)は、科学技術振興事業団の神奈川県地域結集型共同研究事業の一環として、酸化チタン光触媒を利用した農業廃液浄化技術の開発に取り組んでいます。
今般、自然のエネルギーである太陽光のみを利用した酸化チタン光触媒効果により、高効率な水稲種子消毒農薬廃液処理に成功しました。
 今回開発した処理方法の概略は図2のとおりです。
酸化チタン光触媒とは
 酸化チタンに光が当たることで有機物分解、殺菌効果が生じ、防汚、脱臭、抗菌などに用いられています。空気清浄機、トイレや浴室の抗菌タイル、自動車のボディコーティング、照明器具など多方面への応用・商品化が進んでいますが、農業への応用は今のところほとんど見あたりません。

水稲種子消毒廃液が生じる5月に、光触媒による処理実験を行いました。
種は消毒(塗沫処理)してから播くまで5日間水に浸けます。この水は毎日取り替える必要があるため、5日にわたって農薬を含む廃液が生じます。本実験では、廃液を毎日処理水槽(光触媒フィルターが敷きつめてある。写真参照。)に移し入れ、すべての廃液を入れ終わった日からポンプにより液を循環させ始めました。

写真 実験の様子

処理水槽内に置いてあるのは、酸化チタンフィルター(盛和工業(株)製;縦30cm×横25cm×厚2cmを30枚使用)。
覆いは農薬の逃散防止と雨水流入防止のため。

水槽は1.5m×1.5m。処理中の水の深さは1cm。

処理液量は40L。

消毒に使った農薬はMEP(殺虫剤)とイプコナゾール(殺菌剤)の混合液です。MEPとイプコナゾールはいずれも有機物です。
処理水槽に投入した廃液中のTOC(全有機体炭素)と農薬濃度は表1のとおりでした。

表1 投入した廃液の農薬濃度及びTOC (mg/L)
月/日 MEP イプコナゾール TOC
5/9 6.7 9.7 253
5/10 3.8 3.5 168
5/11 2.3 2.8 128
5/12 1.4 2.7 135
5/13 1.1 2.3 155

【処理結果と考察】
<1>TOC(全有機体炭素)濃度について
酸化チタンが農薬を二酸化炭素と水に分解してしまう過程で、中間生成物(有機物)が生じることを考慮すると、農薬のみならず廃液に含まれる有機物全体を測定することが本処理方法の効果を評価するためには必要となります。そこで、今回は全ての有機物量(TOC)を測定し評価しました。 その結果を図3に示します。

酸化チタン光触媒処理を行った場合は、光触媒処理を行わない場合に比べて、廃液中の有機物は顕著に分解でき、4~5日でほとんど分解してしまうことが実験結果から明らかになりました。
 なお、測定開始時(5/13)において光触媒有りと無しの条件間でTOCの測定値に差があることは、廃液を処理槽に投入した時点(5/9)から酸化チタン光触媒による分解が始まっていたことを意味します。

<2>農薬濃度について
処理液中の農薬そのものの濃度の測定結果を表2に示します。

表2 処理液の農薬濃度(mg/L)
  イプコナゾール MEP
月/日 光触媒有り 光触媒無し 光触媒有り 光触媒無し
5/17 0.0 2.5 0.00 0.00
5/21 0.0 2.5 0.00 0.00

 イプコナゾールでは、酸化チタン有りの試験区では、処理後8日目(5/21)には0.00mg/Lとなりましたが、酸化チタン無しの試験区では2.5mg/Lとなり、酸化チタン光触媒の処理効果は明らかとなりました。
MEPについては、処理開始後4日目(5/17)、8日目(5/21)には各試験区で農薬濃度は0.00mg/Lとなり、光触媒処理の有無にかかわらず農薬は検出されませんでした。しかし、光触媒無しの試験区ではTOCが下がっていないことから、太陽光により他の有機物に変化したにすぎないことがわかります。
 水田1000m2に対し種子消毒廃液は20~50L程度生じますので、上の実験装置で1000m2当たりから生じる廃液を数日で処理できると考えられます。

 以上のとおり、太陽光のみをエネルギー源とした酸化チタン光触媒処理により、水稲種子消毒農薬廃液が浄化できることを実証しました。

 本技術により、水稲種子消毒廃液の安全で安価、かつ廃棄物を出さない処理が可能となり、農家に役立つ技術となるとともに環境保全型農業の実現に大いに寄与すると期待できます。 光触媒反応では、有機物の種類を選ばずほぼ完全に分解することができることから、本方法は種子消毒廃液だけではなく、他の農薬廃液、例えば余った農薬や防除に使った容器の洗浄液なども処理できるものと思われます。
 今後、本成果の実用化が全国に普及する可能性が期待できるので、生産現場で実用促進を図るための実用化研究を行う予定です。また、農家が自分たちで装置を自作することも可能と考えられますので、実施のためのマニュアル作成にも取り組んでいく予定です。実用化に当たっては色々と解決を必要とする課題もありますので、今後関係機関と協力してその解決に取り組んで行きます。

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This page updated on August 1, 2002

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