・補足説明

(研究の背景)
 生物には、病原菌など外界からの侵入者に対して、体内で攻撃あるいは防御する機構をもっており、これを免疫という。この免疫系が壊れると、我々ヒトの場合病原細菌やウイルスの感染症や発癌などにより死に至る。免疫系には獲得免疫と自然免疫との二種類があり、前者は脊椎動物に特有な系であり、病原体の認識はリンパ球(T細胞、B細胞)が産生する免疫グロブリンやT細胞受容体などの抗原特異的な分子により行われる。この抗原受容体は、遺伝子再構成により多様なレパートリーが形成され、微妙な抗原特異性を認識している。一方の自然免疫は獲得免疫と異なり遺伝子の再構成を伴わず、病原微生物に存在する特有の分子構造を識別して、生体防御反応を誘起している。この自然免疫系は、昆虫などの下等動物から脊椎動物まで普遍的に存在する系で、生体防御の最前線を担う重要な役割を果たしている。獲得免疫についてはこれまでよく研究されており、かなりの部分が明らかにされているが、自然免疫についてはいまだ不明の点が多かった。

(具体的な実験結果・考察)
 今回、自然免疫機構を明らかにする目的で、線虫C. elegansをモデル動物として、緑濃菌を感染させた時に自然免疫が機能せずに死んでしまう変異体をスクリーニングしたところ、sek-1およびnsy-1遺伝子の変異体が単離された。sek-1遺伝子はp38 MAPキナーゼ(p38 MAPK)を活性化するSEK-1 MAPキナーゼキナーゼ(SEK-1 MAPKK)をコードしており、nsy-1遺伝子はSEK-1 MAPKKを活性化するNSY-1 MAPキナーゼキナーゼキナーゼ(NSY-1 MAPKKK)をコードしている。これらの因子は、いずれもp38 MAPキナーゼカスケードの構成因子であることから、哺乳動物のp38 MAPキナーゼの線虫における類似タンパク質であるPMK-1 MAPキナーゼ(PMK-1 MAPK)も緑濃菌による自然免疫に関与することが期待された。この可能性について、PMK-1 MAPKをコードするpmk-1遺伝子の機能破壊実験により検討した結果、予想通りPMK-1 MAPKも緑濃菌による感染に対する免疫反応に必要であることが明らかになった。以上の結果から、線虫ではNSY-1 MAPKKK、SEK-1 MAPKK、PMK-1 MAPKの3つの因子から構成されているp38 MAPキナーゼカスケードが、自然免疫の制御に重要な役割を担っていることが明らかになった。p38 MAPキナーゼカスケードは細胞内シグナル伝達経路の一つであり、下等動物から高等動物まで普遍的に存在している。従って、脊椎動物における自然免疫系も、p38 MAPキナーゼカスケードにより制御されていることが考えられる。

(今回の成果のポイント)
 これまで、ショウジョウバエをモデル動物とした解析から、自然免疫の制御にはToll シグナル伝達経路が関与することが明らかになっていた。Tollは最初ショウジョウバエの初期発生において形態形成に関与する受容体として見出され、その後発生だけではなく感染防御に重要な役割を果たす受容体であることが明らかになった。すなわち、ショウジョウバエのTollは、カビの感染を察知して抗真菌ペプチドの発現を誘導し、カビを排除する。このTollに類似した受容体(Toll-like receptor: TLR)は哺乳類にも存在し、病原微生物の細胞壁成分を識別する受容体として働くことが明らかになり、現在注目を集めている分子である。しかしながら、線虫にもTLR類似体が存在するにも関わらず、線虫のToll シグナル伝達経路は自然免疫の制御に関与しないことから、線虫の自然免疫はToll シグナル伝達経路以外の経路により制御されていることが予想されていた。今回、線虫のp38 MAPキナーゼカスケードが自然免疫の制御に関与することが示されたことで、自然免疫の新たな制御機構が判明した。今回の結果から、種を越えて保存された自然免疫を制御するシグナル伝達経路を明らかにする研究が更に進むと思われる。

(研究成果の社会的意義)
 p38 MAPキナーゼカスケードは下等動物から高等動物まで存在していることから、同様な制御機構は種を越えて存在すると考えられる。従って、この研究がヒトを含む高等脊椎動物における自然免疫の普遍的制御機構の解明にも繋がることが期待される。

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