科学技術振興事業団報 236号

平成14年7月4日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団
電話 048-226-5606(総務部広報室)

「人工的に作った水流が体の左右を変える」

 科学技術振興事業団(理事長 沖村 憲樹)の戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「体の非対称性が生じる仕組み」(研究代表者:濱田博司、大阪大学大学院生命機能研究科 教授)で進めている研究において、マウス胚へ人工的な水流を加えることによって体の左右非対称性を変化させることに成功し、胚の中心部における物理的な液体の流れが体の左右を決定していることを証明した。将来的には、臓器再生に必要な知見につながることが期待される。本成果は、大阪大学大学院生命機能研究科研究員の野中茂紀氏らによって得られたもので、平成14年7月4日付の英国科学雑誌「ネイチャー」に発表される。

 我々の体は外見的には左右対称であるが、内部の臓器の多くは左右非対称である。例えば、心臓や胃は左に偏っているし、肺は左右で形が違う。このような形の左右非対称性は発生の早い時期に生じるが、そのメカニズムはごく最近まで不明であった。1990年なかごろに左右非対称に発現する遺伝子(lefty, nodal など)が発見されたのを機に遺伝子レベルでの研究が急速に進み、非対称に発現するシグナル因子の働きなど、これまでに多くの機構が明らかにされている。しかし、最初に対称性が破られる仕組みはわかっていない。哺乳類においては、胚の中心部に位置するノードと呼ばれる場所で対称性が破られると考えられていた。1998年に広川信隆博士のグループにより、ノードの細胞に存在する繊毛が回転運動することにより、ノード付近で左向きの水流(ノード流)が生じていることが明らかにされ、この水流が対称性を破っていると提唱された。しかし、この左向きの水流そのものが左右を決めているのか、あるいは単に左右を決める機構に附随した結果的な現象なのかは、論議の的であった。

 今回、濱田グループは、ノード流の意義をより直接的に検証した。もし、左向きのノード流そのものが左右を決めているのであれば、水流の方向を人為的に反対にすれば、左右が逆転すると予想される。そこで、未だ左右が決まっていない時期のマウス胚をとりだし、これを人工的な水流のもとで培養することができる装置を開発した。この装置を利用して早い右向きの人工的な水流を与えると、本来の左向きの流れに打ち勝ち、ノード流の方向を逆転することが出来た。そのような処理を受けたマウス胚では、やがて心臓が右側へ偏るなど左右が逆転した。繊毛が動かないためにノード流を失った変異マウスでは、左右の決定がランダムになるが、このような変異マウスに人為的なノード流を与えたところ、左向きの流れの場合は左右の決定が正常になり、一方右向きの流れの場合は左右が逆転した。これらの結果より、ノードにおける物理的な液体の流れが体の左右を決定していることが証明された。

 今回の研究結果により、水流そのものが左右を決めていることがわかり、ノード流に関するこれまでの論争に終止符をうった。しかし、「ノード流がどのように働いているのか?」、「ノード流によって何らかの分子が左側へ運ばれているとするなら、その分子は何なのか?」、「どのような機構でノード流の方向が決まるのか?」など、多くの重要な疑問が残る。将来の研究の発展によってこれらの問題を解決することができれば、体ができあがるための基本的な仕組みが解明されるとともに、臓器再生のために必要となる知識を提供できると期待できる。

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域:生物の発生・分化・再生(研究統括:堀田凱樹、国立遺伝学研究所 所長)
研究期間:平成12年度~平成17年度

補足説明

********************************************************
本件問い合わせ先:

濱田博司(はまだ ひろし)
大阪大学大学院生命機能研究科
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘1-3
 TEL:06-6879-7994
 FAX:06-6878-9846

野中茂紀(のなか しげのり)
大阪大学大学院生命機能研究科
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘1-3
 TEL:06-6879-7994
 FAX:06-6878-9846

蔵並 真一(くらなみしんいち)
科学技術振興事業団 研究推進部 研究第二課
〒332-0012 川口市本町4-1-8
 TEL:048‐226‐5641
 FAX:048‐226‐2144
********************************************************


This page updated on July 4, 2002

Copyright©2002 Japan Science and Technology Corporation.