[補足説明資料]
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 エストロゲンは、女性ホルモンとして性分化、性機能の調節に必須であるばかりでなく、人類の健康に大きな影響を及ぼしている骨粗鬆症、動脈硬化症、痴呆などの老年病、さらには乳ガン、子宮ガン、前立腺ガンなどのホルモン依存性ガンの病因、予後、治療に深く関わっている。なかでも、乳ガンは、欧米では、女性は生涯8人に1人がこの病気にかかるといわれ、欧米と比べると少ないといわれる日本でも増加しており、日本人女性のガン原因の上位を占めている。エストロゲンは乳ガンの増殖を促す。乳ガンの危険因子は、基本的にエストロゲンに関わるもので、その診断においては、エストロゲン受容体の有無が予後に直接影響するため、臨床の場で活用されている。さらにエストロゲン受容体を不活性化する抗エストロゲン剤やエストロゲンの生産を抑える薬剤が治療薬として使われている。しかし、これらのガン細胞におけるエストロゲンの作用メカニズムの詳細は不明であり、またこれらのガンの治療も抗エストロゲン剤を続けていくと効果がなくなる現象、すなわち耐性の問題など困難が多いのが現状である。

 エストロゲンは各臓器に対し、エストロゲン受容体を活性化してエストロゲン応答配列をもつ下流応答遺伝子を調節することによって作用を及ぼす。この応答遺伝子がエストロゲン作用を発揮するわけであるが、乳ガンの増殖においてどの応答遺伝子が重要であるかは不明のままであった。井上らは、それら下流応答遺伝子を発見する新しい方法としてエストロゲン受容体が認識し結合するヒトゲノム中の部位を同定する方法(ゲノム結合部位クローニング法)を考案し、これを用いて新しいエストロゲン応答遺伝子Efpを同定した。Efpは、エストロゲン受容体の応答遺伝子産物で、リングフィンガーファミリーの一員である。Efpは乳ガンとともに主としてさまざまな女性生殖器において発現されている。興味深いことに、Efpが子宮のエストロゲン依存性の増殖に必須であることをノックアウト動物を作成して証明した。

 本研究では、Efpがホルモン応答性を有する新しいタイプのリングフィンガー依存性ユビキチンリガーゼ(E3)であり、細胞周期のブレーキ(負の調節因子)としてG2期停止を引き起こす14-3-3シグマのタンパク質分解を標的にすることを明らかにした。雌のヌードマウスに移植したMCF7ヒト乳ガン細胞はEfpアンチセンスオリゴヌクレオチドの投与により腫瘍の増殖が抑制された。Efp安定発現MCF7細胞は、卵巣摘出により内因性エストロゲンがないマウスにおいても腫瘍を形成することができ、エストロゲン非依存性の増殖能を獲得していた。このことは、抗エストロゲン剤の使用中の乳ガン患者に、耐性が生じ、薬が効かなくなるメカニズムを考える意味で興味深い。Efp遺伝子ノックアウトマウス胎児由来の胚性繊維芽細胞では、14-3-3シグマが蓄積しており、このことが原因で細胞増殖が抑えられていた。本研究により、14-3-3シグマがEfpによってタンパク質分解を受け、これが細胞増殖へ導くことを初めて明らかにしており、細胞周期機構と乳ガンの発症、進展のメカニズムに対して新しい洞察をもたらすものである。

 現在の乳ガンの薬物療法としてエストロゲン受容体を不活性化もしくはエストロゲン生産を枯渇化する薬剤が用いられている。しかし、悪性度の高い、進行した乳ガンでは、エストロゲン受容体が消失しており、それらの薬剤が効かなくなってしまう。Efpは、エストロゲンに反応して増殖する一般的な乳ガンのみならず、このような進行して、薬剤耐性を獲得してしまった乳ガンに対する新たな治療標的としての臨床応用が期待される。

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This page updated on June 20, 2002

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