科学技術振興事業団報 第229号

平成14年5月23日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団
電話(048)226-5606(総務部広報室)

「量子暗号の伝送距離を飛躍的に増大させる世界最高性能の高感度
光子受信システム開発に成功」

科学技術振興事業団(理事長 沖村 憲樹)の創造科学技術推進事業の研究プロジェクト「今井量子計算機構プロジェクト」(総括責任者 今井 浩、東京大学大学院情報理工学系研究科教授)において、情報セキュリティに関する技術で新しい成果が得られた。具体的には本分野で将来有望視されている量子暗号光ファイバー通信において、従来の10倍の感度を持つ世界最高性能の高感度光子受信システムを開発した。この研究成果は、情報セキュリティにとって重要な技術となり得る量子暗号通信の実現に大きく貢献するものである。本成果は日本電気(株)(社長 西垣 浩司)基礎研究所、光・無線デバイス研究所との共同研究により得られたもので、平成14年5月27日に京大会館で開催される量子情報技術研究会で発表される。

 量子暗号は第三者のどのような盗聴からも情報を保護できる暗号方式として、情報セキュリティ技術分野で注目されている。この量子暗号の実用化には高い効率で誤りなく光子を検出する光子受信システムが不可欠である。本成果は光通信波長帯において光子受信器の検出効率を犠牲にすることなく光子検出における誤りを従来のほぼ1/10に低減することにより量子暗号伝送に必要な平均受信光子数を1/10としたもので、従来の光子受信システムで問題になっていた検出回路から発生する雑音を除去する回路を新たに考案することで実現したものである。
 この光子受信システムを用いることにより、量子暗号の伝送距離を飛躍的に増大させることが可能で、理想的な場合で220km、実用的にも130kmまで伝送することが可能になる。実際に都市部で使用されている光ネットワークの光ファイバー長は100km程度とされており、今回の成果は世界で初めて、都市内光ネットワークでの量子暗号の伝送を可能とする結果である。このため、今回開発した光子受信器はあらゆる盗聴に対して高度な安全性を必要とされる光ファイバーネットワークシステムの実現に大きく貢献するものと期待される。

[補足説明]
(研究の背景)

近年、電子商取引等が本格化し、社会がますますネットワーク化して企業・個人の情報セキュリティが重要になる中、ネットワークにおける暗号技術に注目が集まってきている。現在、実用化され、世界中で広く利用されている暗号方式としては、1977年にアメリカ商務省標準局が定めた、DES暗号(注1)がある。しかし、DES暗号は鍵長が短いため、パソコン数万台と専用の解読装置を使った鍵の総当り攻撃により、1日程度で解読できることが実証され、安全性への不安が高まっている。また、RSA暗号(注2)等その他の暗号においても、既知の解読アルゴリズムでは解読に莫大な計算時間がかかるという限定された計算機能力を仮定した上での条件付き安全性しか有しておらず、様々な攻撃法の発達やコンピュータの計算能力向上により将来においても安全か否かは全く保証されていない。
 これに対し、量子暗号は、無限の計算機能力をもってしても破られない無条件安全性を有する。量子力学によると、測定後の状態は測定前の状態から変化する(不確定性原理)。量子暗号とは、この原理を盗聴の検出に利用したもので、究極の安全性を有する暗号として注目を集めている。
量子暗号は実際には1個の光子で1ビットの乱数を伝送する。このため、量子暗号では1個の光子を高い検出の確率(以下、検出効率)で検出する光子受信器が不可欠である。この光子受信器は検出効率が高いだけでなく、光子が入射していない時に誤って光子を検出する確率が低いことが必要である。検出効率と誤検出確率の比が大きいほど、許容される伝送中の損失が大きくなり、伝送距離の増大やネットワークにおけるユーザー数を大きくすることができる。しかしながら、検出効率を高めようとすると、誤検出確率も増大するためこれら2つの条件を同時に満たすことは難しい。特に光子の伝送に適した光通信波長帯(1.55μm帯)では光子受信器の誤り確率が大きく、量子暗号の伝送距離を制限している。現在実験されている伝送距離は67kmにとどまっている。このため、光子検出における誤りの小さな光子受信器の開発が望まれてきた。今回、光子検出に伴って生じる雑音を除去する検出回路を新たに考案することにより、検出効率を犠牲にすることなく誤って光子を検出する確率を従来のほぼ1/10とし、量子暗号伝送に必要な平均受信光子数を1/10に低減した世界最高性能の高感度光子受信器を実現した。

(具体的な実験結果)

光子を検出するために、光通信でも受信器に用いられるアバランシェフォトダイオードにパルス状に高い電圧をかけて、1光子にも応答できるよう感度を高めることが従来から行われてきた。しかし、パルス電圧に起因する雑音も同時に生じるため、誤検出が大きくなるという問題点があった。今回の成果では、2つのアバランシェフォトダイオードに同時にパルス電圧をかけて、生じる雑音を打ち消すことに成功した。これにより、最適動作温度である−96℃にアバランシェフォトダイオードを冷却した光子受信器で、検出効率11%で、誤検出は150万回に1回しか起きなかった。小型で安価なペルチェ冷却器が利用できる温度である−60℃では検出効率17%で誤検出は8万5千回に1回の割合であった。−60℃で従来報告されている結果では同じ検出効率17%で誤検出が1万回に1回の割合で起こり、今回の成果では誤検出確率がほぼ1/10に低減されている。

(今回の成果のポイント)

今回、量子暗号伝送に不可欠な光子受信器を開発した。新たに考案した回路を用いることにより、従来の光子検出器で問題となっていた装置固有のノイズ除去に成功した結果、受光における誤りを従来のほぼ1/10のレベルまで低減することができた。これにより量子暗号伝送に必要な平均受信光子数を1/10とすることができ、10倍の感度向上が実現された。本成果により光通信波長帯での最高性能の光子受信器が得られた。

(研究成果の社会的意義)

量子暗号は将来暗号解読技術が以下に進歩しても安全性が保証される技術であるため、防衛・外交・金融など高度な安全性が必要となる分野での実用化が望まれている。今回の成果は量子暗号の実用化に必要な高性能の光子受信器を提供するものである。今回の成果により、理想的な場合での伝送距離は従来実験されている距離のおよそ3倍である220kmまで拡がった。実用的な条件下でも130kmの伝送が可能になる。都市内のネットワークの伝送距離は100km程度であるから、複数ユーザーがファイバーを利用するネットワークにも十分対応できる性能が実現できたことになる。今回の成果である光子受信器によって実用的な量子暗号ネットワークの開発が加速されることが期待される。
 また、今回開発した光子受信器は近赤外光に対して高い感度を持つことから、近赤外光の極微弱光検出が必要な分析機器にも適用でき、化学・生物・医療分野への応用も期待できる。




(注1)DES暗号:
Data Encryption Standard暗号の略で、換字や転置を複雑に組み合わせた共通鍵方式アルゴリズム。
(注2)RSA暗号:
Rivest-Shamir-Adlemanという発明者3人の頭文字を取った暗号で、2つの素数の積で大きな整数を作るのは容易だが、逆に大きな整数が与えられたとき素因数を求めるのが困難であることを利用した、公開鍵方式アルゴリズム。


この研究テーマが含まれる研究プロジェクト、研究期間は以下の通りである。
研究プロジェクト:今井量子計算機構プロジェクト
(総括責任者:今井 浩 東京大学大学院情報理工学系研究科教授)
研究期間:平成12年度〜平成17年度

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本件問い合わせ先:
 富田 章久(とみた あきひさ)
 今井量子計算機構プロジェクト 量子情報グループグループリーダー
 〒305-8501 つくば市御幸が丘34 日本電気株式会社筑波研究所内
 B?棟 322B室
 TEL:0298-50-1542
 FAX:0298-56-6136

 長谷川 奈治(はせがわ たいじ)
 科学技術振興事業団 戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
 〒332-0012 川口市本町4−1−8
 TEL:048‐226‐5623
 FAX:048‐226‐2144
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