科学技術振興事業団報 第225号

平成14年5月7日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団
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「アポトーシス細胞と食細胞を結びつける因子の同定に成功」

科学技術振興事業団〔理事長 沖村 憲樹〕の戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「アポトーシスにおけるゲノム構造変化の分子機構」〔研究代表者:長田重一 大阪大学大学院生命機能研究科 教授〕で進めている研究の過程で、マクロファージによるアポトーシス細胞の処理メカニズムに関与する因子の同定に成功した。この研究成果は、長田重一グループの大阪大学大学院医学系研究科・大学院生華山力成、同研究科田中正人助教授らによって得られたもので、5月9日付の英国科学雑誌「Nature」に発表される。


 動物の形態形成や恒常性維持の過程では、細胞の増殖が進む反面、相当数の細胞が死滅している。アポトーシスはプログラムされた細胞死であり、私達の身体にとって、不要になった細胞、害となる細胞を取り除く細胞死の機構である。この過程では細胞の凝縮、断片化とともに染色体DNAが急速に分解される。そして、このアポトーシス細胞は白血球の中のマクロファージや好中球などの食細胞(※1)に速やかに貪食処理(※2)される。この貪食処理の仕組みによって、死細胞から炎症を引き起こす分子の放出を防いでいる。マクロファージはアポトーシス細胞を貪食するが、生きている細胞を貪食することはない。このメカニズムは、アポトーシス細胞が細胞表面に、"eat me" シグナルをマクロファージに対して提示し、これをマクロファージが認識し、貪食していくと考えられている。

 今回、長田チームでは、マクロファージがアポトーシス細胞を特異的に認識し、これとマクロファージをリンクさせる分子を同定した。この分子は、MFG-E8(Milk Fat Globular Protein EGF-8)と呼ばれる因子で、463個のアミノ酸からなるたんぱく質で構成されている。MFG-E8は母乳中に多く含まれ、乳腺の皮膚細胞から分泌される糖たんぱく質として1990年に同定されたが、その生理作用は全く不明であった。本研究では、アポトーシスを起こしたマウス胸腺細胞を貪食するマクロファージの解析から、活性化されたマクロファージによってMFG-E8が分泌されることを見いだした。そしてこのたんぱく質の組換え体はアポトーシス細胞を特異的に認識した。細胞膜を構成するリン脂質〔ホスファチジルセリン(phosphatidylserine)〕 (※3)は増殖している細胞中では細胞の内側に存在するが、アポトーシスが起こると細胞の外側に提示される。MFG-E8はこのリン脂質〔ホスファチジルセリン〕を特異的に認識してアポトーシス細胞に結合した。次いで、本来アポトーシス細胞を貪食しないマウスの繊維芽細胞 (NIH3T3) にMFG-E8を加えたところこの細胞はアポトーシス細胞を効率良く貪食した。この結果はMFG-E8がアポトーシス細胞と食細胞をリンクする因子であることを示している。

新生児への哺乳時には乳腺は発達して大きくなるが、哺乳が終われば、乳腺細胞はアポトーシスをおこし、急激に退縮する。この時期に、母乳中のMFG-E8が増加することが知られており、この因子がアポトーシス細胞の貪食に関与しているという我々の結果と一致する。また、ひとの病気にマクロファージが正常な赤血球などの血液細胞を貪食することによって起こる「血球貪食症候群(hemophagocytic syndrome)」が知られており、これらの病気にMFG-E8が関与しているかどうかなど今後調べる必要があると思われる。

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域:ゲノムの構造と機能〈研究総括:大石道夫、(財)かずさDNA研究所 所長〉
研究期間:平成10年 - 平成15年

(※1)食細胞(phagocyte)…
細菌、老化した赤血球、死んだ細胞などの大型の粒子を摂取、消化する能力をもった細胞の総称。好中球、マクロファージなど。

(※2)貪食作用〔ファゴサイトーシス〕(phagocytosis)…
マクロファージや好中球などの食細胞が生体内の異物や巨大分子を摂取する現象。

(※3)ホスファチジルセリン…
生体膜の構成脂質として生物界に広く存在する。脳や神経組織、赤血球膜に多く含まれている。


補足説明

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本件問い合わせ先:
   長田 重一(ながたしげかず)
    大阪大学大学院生命機能研究科・時空生物学講座
     〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-2
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     FAX: 06-6879-3319

   森本 茂雄(もりもとしげお)
    科学技術振興事業団 研究推進部 研究第一課
     〒332-0012 川口市本町4-1-8
     TEL:048-226-5635
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