1. 基本構想 | ||||||||||||
化学は過去200年以上にわたって、イオン結合や共有結合の生成、解裂、組み替えなど原子間の「強い相互作用」をいかにして制御するかに腐心してきた。より包括的な視点からは、これまでの化学は「エンタルピー変化」(反応に伴う熱の出入り)によって、反応の経路や速度、生成物の収量や選択性を制御しようとする(つまり、反応が発熱なら進行しやすく、吸熱なら反応しにくいとする)学問体系を営々と構築してきたとみなせる。 これとは対照的に、生体系では35億年に及ぶ長い進化の過程を通して、静電相互作用、水素結合、ファン・デア・ワールス相互作用、疎水相互作用など、いくつかの「弱い相互作用」の協同効果によって、極めて精緻な分子認識が達成されている。これを可能にしているのが指向性を持った協調的相互作用である。そこでは分子の会合状態、立体配座、溶媒和の変化など系全体の秩序つまり「エントロピー因子」が分子の認識や反応を支配していると考えられる。この考えは理論的、概念的には妥当と考えられるが、残念ながら近代化学の歴史の中で、エントロピー因子の重要性を認識し、それを積極的に反応の制御に利用しようとした研究は皆無である。 井上教授は、これまでの光不斉反応の研究を通して、温度、圧力、溶媒などのエントロピー関連因子がエンタルピー因子以上に反応の収率や選択性を支配していることを次々に明らかにしてきている。その結果、光反応のみならず触媒や酵素を用いる不斉合成でもエントロピーの重要性が認識されはじめ、中間体や遷移状態における自由度(秩序)の制御に注目した動的反応制御の概念が提案されてきている。さらに、井上教授は基底状態における弱い相互作用に基づく分子認識の多くが、新たに発見したエンタルピー・エントロピー補償効果とその新しい解釈をキーコンセプトとして読み解くことができる可能性をも探りつつある。 一方、Kim教授は、すでに超分子化学の分野においてトポロジー的に興味ある新しい人工受容体による分子認識に関する成果を挙げ、それを展開した材料化学の分野ではポーラスな有機・無機複合新ナノ材料を開発し、生物無機化学の分野では金属含有酵素の研究でめざましい成果を上げている。特に最近は超分子系での光化学に高い関心をよせており、不斉光化学を中心として励起状態における分子間相互作用を基盤とする光化学を得意とする井上教授との共同研究を行う。また、日本側にとっても、超分子化学の分野ですでに世界的に見ても最先端を行く韓国チームとお互いの成果を活用しあうことにより、それぞれの分野の研究が飛躍的に促進するだけでなく、基底状態と励起状態双方における分子認識を融合させたエントロピー制御に基づくより広範で新しい超分子化学の誕生が期待される。 | ||||||||||||
本共同研究では | ||||||||||||
|
||||||||||||
以上の研究により、これまで世界の誰もが実現できなかった全く新たな「エントロピー制御に基づくスマートケミストリーの創成」が可能となる。より大局的な見地から見れば、これらの研究は従来の「エンタルピー化学」から新しい「エントロピー化学」へのパラダイムの転換を先導するものとなろう。 その成果は、より穏和な条件下での反応設計、キラル化合物など新規有用資源の開発、超分子系ナノ機能材料の創製、水を溶媒とする環境調和型反応・認識システムの構築など、環境に配慮した新産業の基盤創成に資するものである。 |
This page updated on March 28, 2002
Copyright©2002 Japan Science and Technology Corporation.