人工現実感による機能障害回復システム


本新技術の背景、内容、効果は次の通りである。

(背景)
望まれていた、感覚−運動を統合した機能障害回復システム

 わが国は世界に類をみない速さで高齢化社会を迎えており、また、救命技術が進歩した反面、心身に重度の障害をもつ人が急増している。このため、障害も多様化・重度化の傾向にあり、運動機能障害とともに、高次脳機能障害としての痴呆や失行・失認・失語などが高頻度にみられるようになってきている。
このような中で医学的リハビリテーションにおいては、運動機能・高次脳機能障害者の早期離床、早期退院、在宅リハビリ、そして社会復帰までを円滑に促進することが重要な課題となっている。この早期の機能回復と社会復帰のためには、(1)ベッド期でも投薬等の初期治療と並行して訓練を行うなど、なるべく早期から機能回復訓練を開始する、(2)医療機関内での機能回復訓練の場においても、運動と感覚が統合した、患者個人の周辺環境や実社会の場面に近い環境を実現し、適応させていく、(3)患者自身が積極的な目的意識をもって訓練に取り組む、等のことが重要であるとされている。
 しかしながら、従来の機能回復のリハビリ訓練は、麻痺等の運動機能障害に対しては理学療法士による指導と電動歩行器等の器械器具による運動療法が、一方、言語障害や認知能低下等の高次脳機能障害に対しては絵カードや立体積み木等による感覚統合訓練が一般的であった。しかし、これらの訓練は個別的訓練に留まり、精神的苦痛を伴い易く、単調で面白味に欠ける等の問題もあるため、感覚と運動を統合した機能回復システムを実現し、可能な限り実生活に近い環境下の中で楽しみながら訓練を行うことが望まれていた。

(内容)
映像・音響と体感訓練装置により実社会の場面の仮想環境を創りだし、患者はこの環境下で楽しみながら訓練

 本新技術はコンピュータによる映像・音響と、圧縮空気などを用いた体感訓練装置により、種々の仮想環境を創りだし(人工現実感:バーチャルリアリティー)、この仮想環境下においてベッド期から早期に訓練を行うことで、運動機能障害や高次脳機能障害の回復を図るシステムに関するものである。
 人間の実社会における行動は、散歩をする際に目や耳により自動車の往来や歩道の段差等の環境の変化を認識し、これらに注意しながら歩くといったように、視覚・聴覚等の感覚機能と上・下肢の運動機能の協調に基づいている。このため、脳卒中や交通傷害等の各種障害後遺症による機能障害者の早期回復、社会復帰のためには感覚機能と運動機能を協調させて訓練を行うことが効果的であり、ベッド期から訓練を開始する必要があるとされている。
 本システムでは映像・音響と、これに連動した筋力訓練や歩行訓練を行う体感訓練装置により、病院内においても感覚機能と運動機能が同時に必要とされる実社会の場面に近い仮想環境を実現し、ベッド期、座位期、立位期、歩行期とそれぞれの回復時期に対応した一連の訓練を行うことができる。例えば、道を散歩する仮想環境の設定においては、映像・音響と体感訓練装置は連動して段差や坂などの状況を創りだす。段差の位置や周りの景色は患者の動作に対応して変化させていく。患者は段差をまたいだり坂を登ることで実社会の場面に近い状況での訓練を行うことができる。
 また、本システムは映像・音響や運動負荷を変えることで障害の種類、回復の程度に応じて適正な訓練プログラムを選択することが可能である。このため、寝たきりの状態においても訓練を行うことにより、関節の拘縮や筋肉の衰えを防止することができる。さらに訓練は無意識のうちに患者が楽しみながら行え、回復度や達成度がゲーム的要素により患者本人にフィードバックされるため訓練意欲の向上に適している。研究者らは、公園の散歩やバスケットボールのドリブルなどの仮想環境を創るシステムを試作し、頭部外傷後右不全麻痺やパーキンソン病患者に試験的に臨床実験を行い、本システムの実用化への見通しを得ている。
 本新技術によるシステムは訓練環境を演出する映像音響装置及び体感訓練装置、患者の動作や生体信号を計測する患者監視装置、これらの装置を統括して制御する制御装置から構成される(図参照)。

(効果)
障害者の早期回復、社会復帰を支援するものとして期待される

本新技術は、

(1) 感覚と運動とを統合した、実社会の場面に近い状況等での訓練ができる。
(2) ベッド期を含む早期から訓練を開始することができ、また、その後の座位期、立位期、歩行期まで一貫したプログラムにより訓練を行うことができるため、患者の早期回復、社会復帰が期待できる。
(3) 意欲、動機付け、集中力、楽しみ等を賦活した機能回復訓練ができる。
(4) 障害の種類、程度に応じて、適正な仮想訓練プログラムを選択できる。

などの特長をもつため、運動機能や高次脳機能に障害をもつ患者の早期回復、社会復帰を支援するものと期待される。

(※)この発表についての問い合わせは、電話03(5214)8994 角地または小林までご連絡下さい。


This page updated on March 1, 1999

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