科学技術振興事業団報 第179号
平成13年9月27日
埼玉県川口市本町4−1−8
科学技術振興事業団
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若年発症型筋萎縮性側索硬化症2型の原因遺伝子の単離・同定に成功

 科学技術振興事業団(理事長 沖村憲樹)の国際共同研究事業において、若年発症型筋萎縮性側索硬化症2型(recessive juvenile amyotrophic lateral sclerosis : ALS2)原因遺伝子の発見に成功した。これは高頻度神経・筋変性疾患の一つである筋萎縮性側索硬化症(ALS)のなかで、家族性若年発症型ALSに分類されているALS2の原因遺伝子ALS2CR6を世界で初めて同定したものである。この成果は、10月号の英国科学雑誌「Nature Genetics」に発表される。(論文の筆頭著者は元事業団研究員の秦野伸二 博士(現東海大学総合医学研究所講師))

 本研究は、科学技術振興事業団の日加共同研究「神経遺伝子プロジェクト」(代表研究者は東海大学総合医学研究所の 池田穣衛 教授(オタワ大学医学部客員教授)、及びオタワ大学・東部オンタリオ小児病院研究所のRobert Koruneluk教授)において行われたものである。

 筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis: ALS)は、大脳皮質から脊髄に至る上位運動ニューロンおよび脊髄から筋に至る下位運動ニューロンが選択的に障害される進行性神経変性疾患である(図1)。ALSの発症頻度は高く、我が国においても多数の患者がいる。しかし、ALSには根本的な治療法がないため、この疾患に関しては患者のケアを含めて社会的に大きな問題となっている。ALSはその発症形態から孤発性と家族性に分かれる。家族性のALSには優性と劣性の遺伝性が知られている。近年優性遺伝性のALS1型の原因遺伝子として活性酸素の代謝酵素であるCu/Zn Superoxide Dismutase(銅・亜鉛スーパーオキシドジスムターゼ; SOD1)が同定された。ALSの多くは孤発性であり、遺伝性のものは20%にも満たない。ALS1が全ALSに占める割合は2%以下であることから、ALS発症の分子機構解明と治療法の開発にはSOD1遺伝子以外のALS原因遺伝子の発見が待たれていた。
今回、オタワ大学の R. Korneluk 教授との共同研究を背景に、ブリティシュ・コロンビア大学/Michael Hayden 教授、マギール大学/Guy Rouleau 教授, トロント大学/Stephen Scherer 教授ならびに米国マサチューセッツ総合病院/Robert Brown 教授らの協力のもとに劣性遺伝形式をとるALS2型の原因遺伝子として新たにALS2CR6遺伝子の単離・同定に成功した。
 ALS2CR6遺伝子の単離・同定には、チュニジアとクエートでそれぞれALS2と診断されている患者とその家族から提供された血液細胞を用いた。遺伝子変異解析の結果、全く近縁関係にないチュニジア人ALS2患者とクエート人ALS2患者でともにALS2CR6遺伝子に変異あることが判明した。具体的には、チュニジア人ALS2患者では第3エクソンに一塩基欠損変異が、クエート人ALS2患者では第5エクソンに2塩基欠損変異があることが明らかになった。また、それぞれの患者家族の未発症保因者(キャリアー)でもこの遺伝子変異は保存されており、これらの事からALS2CR6遺伝子の変異が主原因となってALS2が発症すると結論することができた。
 ALS2CR6遺伝子(80.3 kb)の構造解析から、その遺伝子産物は1657残基のアミノ酸で構成されるタンパク質(推定分子量184キロダルトン)であると推定された。このタンパク質には、シグナル伝達関連酵素であるGTPaseの活性化因子(guanine nucleotide exchange factor; GEF)と機能構造的に極めてよく似たアミノ酸配列が含まれていることから(図2)、ALS2CR6遺伝子産物は新規のGTPase調節因子として神経細胞の分化や恒常性、神経ネットワークの構築などの調節にかかわる重要な機能を果たしていると考えられる。そして、この遺伝子における塩基欠損変異により、正常なタンパク質生成がなくなり、その代わりに本来の機能が損なわれた(機能喪失)不完全タンパク断片が生成すると考えられる。従って、このALS2CR6遺伝子産物の機能喪失がALS2の発症の主原因だと思われる。
 今回のALS2CR6遺伝子の発見は、未だ病因が不明な孤発性ALSあるいは家族性ALSの原因物質の探索はもとより、ALSの発症機序の解明と治療・予防技術の開発への大きな貢献が期待される。また、ALS2CR6の機能を指標にして神経細胞の生存維持や恒常性に関る分子機構の解明と医療応用への新たな道が拓けたと言える。そして、神経変性疾患全般に共通する治療法、ゲノム創薬などの開発への展開が期待される。

 
本件の問い合わせ先:
(1)内容について
     科学技術振興事業団 国際共同研究事業「神経遺伝子プロジェクト」
代表研究者 池田穣衛 TEL 0463-91-5014 FAX 0463-91-4993
    
(2)事業について
    科学技術振興事業団 国際室
調査役 愛宕隆治   副調査役 森本茂雄
TEL 048-226-5630 FAX 048-226-5751
 

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