科学技術振興事業団報 第174号
平成13年8月28日
埼玉県川口市本町4−1−8
科学技術振興事業団
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「Bリンパ球における1塩基置換の蓄積メカニズムの解明に成功」

 科学技術振興事業団〔理事長 沖村 憲樹〕戦略的基礎研究推進事業の研究テーマ「高等真核細胞で標的組み換えの効率を上昇させる方法の開発」(研究代表者:武田 俊一 京都大学大学院医学系研究科 教授)で進めている研究の一環で、抗体遺伝子のBリンパ球における塩基置換(※1)のメカニズムの解明に成功した。この研究成果は、京都大学大学院医学系研究科の武田 俊一教授らのグループによって得られたもので、平成13年8月30日付の英国科学雑誌「Nature」に発表される。

 生物には、体内に侵入する特定の病原体や毒素に対して抵抗性を示し、生体の恒常性を維持しようとする働きがある。細菌やウイルス感染においては抗体遺伝子のBリンパ細胞(※2)がこの役割を担っている。細菌やウイルス(抗原と呼ぶ)によってBリンパ細胞が刺激されると、その細菌やウイルスと特異的に結合できる抗体がBリンパ細胞で生産されて、細菌等を攻撃し、個体は最終的に感染を克服する。Bリンパ細胞中の抗体遺伝子は、その構造が各細胞ごとに異なっているので、各Bリンパ細胞は異なる抗原結合能を持つ抗体を生産することができる。

 抗体遺伝子の研究は、1980年代に利根川進らによって行われ、Bリンパ細胞が成熟する過程で、その抗体遺伝子がDNA組み換え(V(D)J DNA組み換えと呼ばれている)することが発見された。そして、DNA組み換えの仕方が各Bリンパ細胞毎に異なるので、各Bリンパ細胞がそれぞれ異なる抗原結合能をもつ抗体を生産できることが解明された。一方、成熟Bリンパ細胞が抗原と出会うと、その細胞の抗体遺伝子が塩基置換されることによって抗体のアミノ酸配列が少しづつ変化する。この塩基置換の機構は現在まで謎のままであった。

 今回、武田グループは、DNA組み換えに関与する遺伝子を人工的に欠損させたクローンをニワトリBリンパ細胞株を用いて作成した。そして、この欠損クローンの抗体遺伝子で大量に塩基置換が起こることを発見した。DNA組み換えは、Bリンパ細胞が成熟する過程で抗体遺伝子の構造を大きく変化させるのに対して、塩基置換は、成熟Bリンパ細胞が抗体遺伝子の構造を細かくチューニングする目的で行われる。そして、成熟Bリンパ細胞は活発に細胞分裂しながら塩基置換によって抗体遺伝子のアミノ酸を1個ずつ変化させていく。この後に、分裂Bリンパ細胞の集団の中でも最も強く抗原に結合できるBリンパ細胞がさらに選択的に細胞分裂する。このような、抗体遺伝子の塩基置換とそれによって最も適切なチューニングを受けた抗体を作れる細胞の選択的な分裂によって、個体は抗原をもっとも効率良く排除できる抗体だけを短期間に大量生産できる。この機構解明の研究が、ニワトリBリンパ細胞株を用いて進めて行けばよいことが分かり、免疫研究に与えた役割は極めて大きい。  

 塩基置換のメカニズムは未知な部分がまだ多い。しかし本研究成果によって数年以内にはその全貌の解明が進むことが期待できる。一方、すべての生物は、塩基置換をミニマムにするための様々な機構を持っている。ところが、Bリンパ細胞は免疫応答という目的の為に抗体遺伝子のみに大量の塩基置換を一過性に誘導できる。将来の研究の発展によって、動物・植物細胞において狙った遺伝子だけでそこの塩基置換を自由に制御する手段の提供が期待できる。

※1 塩基置換… 染色体DNAの塩基配列(G, A, T, Cからなる配列)が変化すること。抗体遺伝子では1塩基単位で変化する。遺伝子をコードする部分の塩基配列が変化すると、その遺伝子にコードされたタンパク分子のアミノ酸配列も変化しうる。染色体DNAの塩基配列の変化は、遺伝病や発ガンの原因になるので、生物はそれを防ぐ様々な機構を常に機能させている。
※2 Bリンパ細胞… 血液中のリンパ球のうち抗体を作り、体液性免疫に関与している細胞。

 この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
 研究領域:ゲノムの構造と機能(研究統括:大石 道夫、(財)かずさDNA研究所 所長)
 研究期間:平成12年〜平成17年

補足資料

本件問い合わせ先:
(研究内容について)
   武田 俊一(たけだ しゅんいち)
   京都大学大学院医学系研究科
   〒606-8501 京都府京都市左京区吉田近衛町
   Tel: 075-753-4410
   Fax: 075-753-4419
(事業について)
   小原英雄(おはらひでお)
   科学技術振興事業団 戦略的創造事業本部
   〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
   TEL:048-226-5635
   FAX:048-226-1164

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