研究主題「フォトニクスポリマー」の研究構想

小池 康博(慶應義塾大学理工学部 教授)

1. 研究の概要

 光学ポリマーは、無機ガラスにない固有の特性を有することから、光学、フォトニクス分野の材料として、独自の地位を占めつつあるが、光学ポリマー特有の問題が見出され、これが光学ポリマーデバイスの性能向上と用途拡大を大きく妨げている。光学ポリマー特有の問題としてよく指摘されることは、光学ガラスと比較して、「透明性が低い」、「複屈折が大きい」、「屈折率の波長分散が大きい」、「光学的均一性が低い」などである。このような問題点は、高分子固体が巨大分子鎖の集合体である複雑系に起因するものであるとして、光学ポリマーに避けられない固有な特性であると考えられてきた。そのため、光学ポリマーは、「光をより遠くへ飛ばす」、「超高速信号をより歪なく伝送する」、「光の偏波をより正確に制御する」、「より集光する」、「光をより増幅する」といったことを必要とする次世代フォトニクス分野には不向きであると考えられてきた。しかし、本当にそうであろうか。それらを究明するためには、ポリマーの分子構造はもとより、ポリマー鎖のコンフォメーション、コンフィギュレーションに至る高次構造制御までを総括的に研究する必要がある。しかし、そのような 本質的な議論がほとんどされないまま、光学ポリマーが評価され、それが常識化されてきたように思われる。
 本研究構想は、「単純なモデルによる基礎的な物理理論から予測される光物性と、実際の光学ポリマーの光物性との間には依然として大きな隔たりがあり、ガラスや無機結晶にはない高次構造を持つ光学ポリマーとそこから発現される光物性との関係を十分に究明し、説明できるだけの基礎研究が、世界的に見ても、ほとんど成されていない。」という現状のもとに立てられている。
 本研究では、高分子物質学と光学の研究領域の壁を取り払い、フォトニクス用途に用いるポリマーの光物性を、その起源にまで迫り究明していくことにより、その構成要素のディメンションとそこから発現する固有の光物性の相関の体系化を図る。さらに、それらの基礎的研究を基に、今まで無機ガラスの独壇場であった光通信などのフォトニクス分野において、ガラスの代用ではなく、新しい光機能をもったフォトニクスポリマーを提案し、それらを実証していく。具体的には、そこから「最も透明なポリマーとは何か」、「最も高速光情報伝送を可能にするポリマーとは何か」、「最も光を増幅できるポリマーとは何か」といったフォトニクスポリマーの本質を追求する。そこから得られるポリマーの光物性を体系化することによって初めて、従来の断片的な知見に基づいた「光学ポリマー」の限界を超える数々の「次世代フォトニクスポリマー」が創出され、フォトニクスポリマーの新たな科学技術領域を構築されることが期待される。

2. 研究の進め方

 本研究では、(1)フォトニクスポリマーの分子デザイン、(2)フォトニクスポリマーの光機能発現、(3)フォトニクスポリマーの応用の研究について相互に密接な連携を保ちつつ展開する。フォトニクスポリマーの本質的な特性を理解しその応用展開を図るためには、光の偏波またはフォトンが、さまざまな高分子の鎖(オングストロームオーダ)やその集合体(数百オングストローム)、高次構造、更に巨大な不均一構造とどのようなかかわりを有するかを、その起源までさかのぼって詳細に検討する必要がある。そのために、高分子科学、光学、量子科学などそれぞれのバックグラウンドを持ち、高分子物質学と光学を融合した「フォトニクスポリマー」の新たな科学技術領域を構築しようとする研究者を結集して研究を進める。

3. 研究項目
(1) フォトニクスポリマーの分子デザイン
 光の偏波、フォトンとの分子レベルでの相互作用を理論的に明らかにし、種々のフォトニクス機能をもったポリマーの分子デザインを行う。最小単位である原子系と電磁界の相互作用に伴うエネルギー順位間の遷移、モノマーユニットのサイズでの分極異方性等の制御が主な課題となる。それらの理論的分子デザインの知見をもとに、新規なフォトニクスポリマーを合成する。
(2) フォトニクスポリマーの光機能発現
 これまで蓄積してきた吸収・誘導放出断面積解析、量子収量解析、蛍光寿命解析、複屈折解析、ポリマー配向度解析、屈折率分散解析、干渉法、光散乱法などの手法を組み合わせ、ミクロな原子系からマクロな不均一構造に至るポリマーと光の偏波の相互作用を詳細に検討し、さまざまな光機能発現の原理とその本質を明らかにする。
(3) フォトニクスポリマーの応用
 以上をもとに、「最も透明なポリマーとは何か」、「最も高速光情報伝送を可能にするポリマーとは何か」、「最も光を増幅できるポリマーとは何か」といったフォトニクスポリマーの本質を明らかにし、超高速・低損失ポリマー光ファイバー、高出力ポリマーレーザーなどの提案ならびにその実証を行う。
4. 研究期間

 平成12年10月から5年間


This page updated on April 27, 2000

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