研究主題「ナノ空間」の研究構想

相田 卓三(東京大学大学院工学系研究科 教授)

1. 研究の概要

 分子は、化学的・物理的な相互作用を通じて互いを認識し、互いに影響を及ぼしあっている。たとえば、水の沸点は、水分子一粒の性質ではなく、水素結合のネットワークからなる巨大な集合体としての性質である。このように分子と分子の間には、この水素結合の他に、配位結合・双極子相互作用・静電相互作用・疎水相互作用・ファンデルワールス相互作用など多種多様な力が作用し、たとえば、分子間での電子(電荷)の移動やエネルギーの非局在化を促している。従って、仮に、ある特定の相互作用を断ち切ったり、強調することができれば、その分子が潜在的に有する新たな機能を引き出すことも可能であろう。
 最近、分子間相互作用が抑制された孤立ナノ空間を有するデンドリマー(樹木状多分岐高分子)において、その中で極めてユニークなエネルギー変換反応が起こることが見出されている。しかし、このようなナノメートルスケールの構造体は、従来のアプローチでは合成が極めて困難であり、例は限られていた。ところが、デンドリマーやメゾポーラスシリカに関する合成技術が開拓され、ナノメートルスケールの構造体の合成が容易になりつつある。また、生体系においても、孤立ナノ空間を有するタンパク質などが見い出されてきており、対象となる分子を完全に包み込むことができるナノスケールホストの科学をスタートさせる機は熟している。
 本研究は、このような基本思想に立脚し、ナノメートルスケールのホスト空間に特定の分子を閉じこめ、外部との相互作用を高度に制御することにより、新たな機能を発現させることを目的としている。即ち、「分子機能の空間的制御」ともいえる新しい試みである。
 本研究の出発点は、球状の閉じた空間形態を有する巨大なデンドリマーが光を捕集するアンテナとして機能するという独自の発見に基づいている。このような経緯から、本研究では、重点課題の一つとして、ナノメートルスケールの孤立ナノ空間内での物質と光の相互作用を検討する。孤立ナノ空間に閉じこめられた物質は、外部環境に存在する物質と直接相互作用することはできないが、光はそのような空間にも容赦なく進入し、閉じこめられている物質を励起することができる。通常、光励起された分子は、近傍物質との相互作用を通じて、エネルギーや電子を移動させたり、発光や振動などの様々な緩和プロセスを経て基底状態にもどる。しかし、そのような光化学過程は孤立ナノ空間内では大きく異なる可能性があり、デンドリマーの光捕集アンテナ機能の原点がここにあると考えられる。
 ナノメートルスケールの空間を利用して分子機能の制御を目指す本研究は、化学だけでなく、物理学、材料科学、生命科学など、科学の様々な領域と深く関わっており、大きなインパクトを与えるものと期待される。また、合成、物性計測、機能開拓のエキスパートが一致団結して研究を行う「分子科学の新しい領域」を創出するとともに、エネルギーの低い光を利用できる新たな光触媒の開拓等を通して、エネルギー、資源、環境、情報に対してこれまで以上の配慮が要求される次世代の科学技術に大きく貢献するものと期待される。

2. 研究の進め方

 本プロジェクトでは、(1)分子設計、(2)分子計測、(3)機能開拓の3つのグループを設定し、相互に密接な連携を保ちつつ研究を展開する。それぞれのグループでは、ナノメートルスケールホストの分子設計、孤立ナノ空間内の分子の物性計測と解析、新しい機能の開拓と応用、を中心に研究を行う。従来は場所を同じくすることがほとんどなかったこれらの研究ユニットが可能な限りシームレスに連動するような、これまでになかった研究環境を武器として研究を戦略的に展開する。

3. 研究事項
(1) 分子設計
 ナノメートルスケールの空間を有する人工および生体系の構造体をホストとして利用し、分子(機能団)を空間的に孤立させる方法論を確立する。人工の構造体としては、デンドリマーやメソポーラスシリカに加え、水素結合や配位結合などを介した自己組織化によって生成する超分子ホストの設計も視野に入れる。
(2) 分子計測
 ナノメートルスケールの孤立ナノ空間におかれた分子(機能団)の光励起状態と緩和過程を解析する。得られた情報と分子構造との関連を調べ、分子設計にフィードバックする。また、空間・時間分解された情報を取得し、分子一粒のダイナミックスへと結びつける。特に電子励起状態と振動励起状態に関する詳細な検討を行い、独自の発見である「デンドリマーの光捕集アンテナ機能」の本質を解明し、物理モデルを提案する。
(3) 機能開拓
 光励起と発光、光誘起エネルギー移動、光誘起電子移動などの現象を通じて、孤立した単一分子あるいは複数分子系の挙動を調べる。特に、デンドリマーによる励起エネルギー貯蔵の可能性と関連して、低エネルギーフォトンを利用して化学反応を誘起する新しい光触媒、人工光合成素子を開拓する。また、光波長変換素子としての可能性を検討する。さらに、孤立ナノ空間の効果により物理的に安定化された高反応性化学種を用い、新規な選択的物質変換反応を実現する。
4. 研究期間

 平成12年10月から5年間


This page updated on April 27, 2000

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