「プラズマプロセスを用いた機能性無機・有機複合膜の形成技術」の開発に成功


本新技術の背景、内容、効果は次の通りである。

(背景) 成膜性に優れた、レンズの反射防止や光学フィルターとしての機能を有する光学薄膜の出現が要請されていた。

 光の干渉を利用して、反射防止や特定の波長の光を通過・遮断する光学フィルターなどの光学薄膜(注1)はカメラ、眼鏡レンズ、光ディスクおよびプロジェクション式モニターなどの光学機器やディスプレーなどに広く利用されている。
 このような光学薄膜の形成は、従来技術ではTiO2、SiO2、Al2O3、などの無機材料を真空中で加熱して蒸発粒子を作り、上部に設置されたガラス基板に付着・堆積させて行っている(真空蒸着法:図-1)。しかし、この手法では、蒸発粒子の運動エネルギーが小さいため、膜の緻密性や基盤への密着性が十分でなく、はがれやすいという欠点があった。また、一般に光学薄膜は多層構造となっているが、真空蒸着法では薄膜材料への加熱量(加熱温度と時間)のみによって膜の厚さを制御しているので、個々の膜厚を精密に制御することが困難であった。さらに、薄膜の材料として無機材料のみを用いているため、その光学的物性値(屈折率:注2)も限られており、薄膜設計上の制約になっていた。

(内容) プラズマを用いて無機材料と有機材料を複合化させることで、良好な光学特性を有し、緻密で成膜性にすぐれた光学薄膜を実現した。

 本新技術は薄膜材料においては新たに有機材料であるC2H4、CF4、ヘキサメチルジシロキサンなどを無機材料に加え、高周波イオンプレーティング法によって、無機材料と有機材料を複合化させることに成功したものである。高周波イオンプレーティング法とは無機材料を真空加熱により蒸発させ、さらに放電によるプラズマエネルギーにより有機材料と無機材料の化学的に活発なイオンや分子を発生させて、両材料を複合化させる技術である。
 新技術による装置(図-2)は、真空チャンバー内に設けた無機材料蒸発部と有機材料と添加のためのガス導入部、プラズマ発生部および成膜基板部等から構成されている。無機材料は電子ビーム加熱や電気抵抗加熱などの方法で蒸発させ、また有機材料はチャンバー外部より単体ガスあるいはアルゴンやヘリウム等のキャリアガスとともに導入され、プラズマのエネルギーにより無機・有機複合膜が生成する。
 この新技術により、(1)無機材料と有機材料を任意に組み合わせて複合化させたことで、適切な光学物性値(屈折率)を得ることができる、(2)高周波イオンプレーティング法により薄膜が緻密な構造となり、歪みや欠陥が少ない薄膜が実現できる、(3)成膜時においては薄膜材料、ガスの種類と圧力及びプラズマ出力など制御要素が多く、これらを個別に調整することで膜厚および層構成を正確に制御できる、(4)低温(常温)でも成膜できることから、プラスチィックやフィルムへの成膜も可能である、(5)有機材料を加えることで多種、多用な薄膜の製作が可能となり光学用途にとらわれず、機能性新薄膜の創造も見込める、などの大きな効果が期待される。
 この結果、光学薄膜の重要な要素である、膜材料の屈折率、膜厚および薄膜積層について最適な値を選定し、これらを正確に制御できるようになったため、光学特性に優れた(注3)薄膜が容易にできることがわかった。また、膜層数を減らすこともできるため、コスト低減にもつながる可能性もあることもわかった(注4)。さらに、従来の真空蒸着法による無機材料のみから構成された薄膜に比べ、緻密な構造となり膜の空隙部が少ないため、耐電特性にも優れていることも確認された。

(効果) 光学機器の反射防止膜や光学フィルターへの利用が期待される

 本新技術により、光学機器における光の反射防止や光学フィルターへの適用が可能となる。例えば、光ディスク装置の光学レンズやハーフミラー、またプロジェクション式モニターの光源三色分離フィルター(注5)などへの応用が期待される。耐電特性にも優れていることから、薄膜コンデンサーや薄膜センサーへの利用の可能性もある。

(注1)光学薄膜について
 光の反射を防止したり、ある特定の波長の光を遮断・通過させるには光の干渉を利用しており、この干渉を発生させるために、薄膜をレンズやガラスなどの表面に付着させている。干渉とは光が波であることに起因する物理現象で、図-aに示すように2つの波の山同士が重なれば強くなり、山と谷が重なれば弱まることを言う。

 図-bに光学薄膜の原理を示すが、入射した光の一部は薄膜表面および薄膜とガラスの境界で反射する。この反射光がお互いに干渉し、弱くなる場合には反射防止膜としての機能を果たし、強くなる場合には透過光は弱くなるため、光学フィルターとしての役割を果たすことになる。
 2波の山と谷をどのように重なり合わせて反射光を強めるか、弱めるか、については2波の相対的な位置関係を設定すればよい。このためには2波の光路差に相当する薄膜の厚さを調整したり、波長は屈折率(注2)に依存するため、薄膜の屈折率を変えたりすることによって行う。
 実際の光学薄膜は、1層ではなく図-cのように複数の膜を積層させ、それぞれの境界で反射した光が互いに複雑に干渉し、結果的に所定の光学性能(遮断・通過させる波長および光量)が得られるようになっている。 
 ディスプレイ・レンズの反射防止膜、断熱ガラス、紫外線防止ガラスなど光学機能を有するガラスは、すべてこの様な原理に基づいて製作されており、日常生活においても重要な役割を果たしている。

 この光学多層薄膜技術のポイントは、(1)各膜の屈折率、(2)各膜の厚さおよび(3)薄膜積層数の3つでありこれらを最適値で設計し、設計通りに製造することが重要である。しかし、実際には屈折率は薄膜材料(SiO2、TiO2など)に依存する値であるため任意の値をとることはでず、また、膜厚を厚くすると膜割れが発生することもあり、制約条件が存在している。さらに薄膜の積層過程においても、途中ではがれ落ちることもあるなど、成膜には熟練を要している。

(注2)屈折率:
 真空中の光の速度と材料中の光の速度の比。屈折率が小さいほど光の速度は遅くなり、したがって波長は短くなる。材料によって決まる物性値である。

(注3)光学特性に優れた薄膜:
 反射防止膜であれば、より低反射な膜であることが光学特性に優れた膜となる。反射防止機能のないガラスの反射率はおよそ10%で、薄膜をつけることで2%程度以下まで低減することはできる。しかし、ゼロにすることは不可能であり、できるだけ低反射の薄膜を作ることが要求される。
 光学フィルターであれば目標とする波長の光のみを完全に遮断し、他は100%通過させることが理想とされる。しかし、実際には遮断すべき波長もわずかに通過したり、通過すべき波長も若干さえぎられている。薄膜の最適な構成により、この理想に近づけた薄膜が光学特性に優れていると言える。

(注4)コスト低減:
 本文中に記載したように従来技術では薄膜材料の屈折率や膜厚は制約条件となっていたが、本新技術ではこれらを自在に設定できるようになった。この結果、光学特性の最適条件が得やすくなり、少ない膜層数でも優れた光学特性が得られることがわかった。薄膜の積層数は製造工程数に直接影響するため、コスト低減化の可能性があると言える。

(注5)三色分離フィルター:
 プロジェクション式のモニターでは、赤、青、黄の三色を別々に投影しスクリーン上で合成させてカラー映像を作っている。この3色の投影光を得るためには白色光源を分離する必要があり、それぞれの色の波長のみを通過させる光学フィルターが必要となる。


This page updated on March 30, 2000

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