研究主題「フォトンクラフト」の構想


 光子コンピューターの概念は提案されて久しいが、多くの研究者の努力でその夢が現実になりつつある。しかし、光子コンピューターの基本素子となる光導波路を1つ例にとっても、CVD法やイオン交換法などの煩雑なプロセスを経て始めて作製されるという難題を抱えている。光子コンピューターの実現には三次元光集積回路、超高速光スイッチ、光論理素子、超高密度光記憶素子などフォトニックデバイスの効率的な合成とシステムの構築が望まれている。また、新しい概念下での光素子の構成が期待されている。
 近年のレーザー技術の発展により、周波数スペクトルが数Hzと極めて純粋なものが得られ、また数フェムト秒までに短パルス化することが可能となった。 最近、パルス幅の非常に狭い800nmのフェムト秒レーザーを非晶質材料であるガラスや高分子内部にレンズで集光して照射すると、空間選択的に新しい永続的または準安定な電子構造を材料内部に誘起できることが初めて見出された。さらにレーザー照射条件を制御すると、照射によりできた微細スポットの中心の屈折率が未照射部よりも0.035以上も大きくなることが突き止められた。これによりガラス内部に光導波路を一筆書きのように簡単に描けるだけでなく、サブミクロンの非常に微細な三次元の光回路も作製できることとなった。これはレーザーの波長程度の微小な領域にまで集光できる集光性と極短パルス化による時間領域のエネルギーの高度集約を最大限に利用し、多光子反応をおこさせた例の一つである。しかしながら、今までレーザーのコヒーレンス性を充分に生かし、新規な機能性材料を創製した例はほとんどなく、また物質内部での光の相互作用を利用した新しい光素子の検討は少なかった。
 本共同研究では、レーザーの集光性、超短パルス化、コヒーレンス性を最大限に利用し、物質内部の光と光の相互作用による新しい材料の効率的な創製(フォトンクラフト)を目指す。特に希土類イオンをドープするとその内部の4f電子により、固体中であるにもかかわらず、個々のイオンの可視域のスペクトルが自由イオンのように離散的で鋭い線スペクトルを示す。つまり、特定の希土類のf―f遷移を励起する二つのレーザー光と量子力学的な干渉効果によって物質の光学的な性質が劇的に変化する新しい現象の発見が期待される。また、たとえば、溶液や融液中にある希土類などの活性イオンドープメゾスコピック粒子にレーザー集光干渉場からもたらされる多光子過程を利用して、メゾスコピック粒子を周期的・規則的に配列させることも可能と考えられる。そこで、紫外域のレーザー光とレーザー光の干渉場による物質との線形、非線形相互作用を利用し、ナノオーダーの3次元的に屈折率分布を有する材料の合成を試みる。さらにその際、外部の電磁場を同時に印加することも視野に入れる。このようなフォトンクラフトにより光子合成された人工格子材料は高効率な発光素子、光スイッチ、光デ ィスプレイ、光変調材料、光論理演算素子の創製に寄与するばかりでなく、斬新な光素子の概念の創出にも寄与するものと思われる。

本共同研究では具体的に次の事項について研究を進める。

1. 希土類などの活性イオンドープメゾスコピック粒子や単結晶の合成
 従来、融液引き上げ法などにより作製されていた希土類イオンをドープした単結晶やメゾスコピック粒子を本構想にあるフォトンクラフト法により成長させ、実用性ある新しい光学結晶の創出を目指す。
2. レーザーのコヒーレンス性を利用した様々なフォトニックデバイスの創製
 フォトポリマーなどの溶液や融液中に、希土類イオンをドープしたナノメゾスコピック粒子やナノ単結晶を含有させた系を準備する。次にフォトンクラフト法の一つであるレーザー集光干渉場からもたらされる多光子過程を利用して、メゾスコピック粒子を周期的・規則的に配列させる。また紫外域のレーザー光とレーザー光の干渉場による物質との線形、非線形相互作用を利用し、ナノオーダーサイズで3次元的に屈折率分布を有する材料の合成を試みる。
 合成された材料がフォトニック偏光分離素子、波長フィルターなどとしての機能するかを評価する。
3. 希土類などの活性イオンドープ材料の光と光の相互作用による新しい量子干渉現象の発見、メカニズムの解明と光機能素子への応用の検討
 最近、電磁波誘起透明化という現象が希土類含有結晶で観測された。これは量子力学的な干渉効果により、物質の光学的性質が劇的に変化する新しい物理現象である。ある波長の光の照射により、もう一つの光に対してそれまで不透明だった物質が透明になるという現象で、レーザークーリング、反転分布なしのレーザー発信、量子計算、量子暗号などへの応用が期待されている。希土類を含有する新しい結晶をフォトンクラフトにより合成し、室温での量子干渉による電磁波誘起透明化の実現を目指す。
4. バンド構造など量子計算によるフォトンクラフト法による合成メカニズムの解明


 これらの研究において、日本側は主にレーザーのコヒーレンス性と外場を利用したフォトニックデバイスの創製、希土類などの活性イオンドープ材料の光と光の相互作用による新しい量子干渉現象の発見、メカニズムの解明と光機能素子への応用の検討とその量子計算を行う。中国側は希土類などの活性イオンドープメゾスコピック粒子の合成、希土類などの活性イオンドープ単結晶の成長と新しい合成プロセスの開発を行う。これにより相補的に共同研究が進められる。
 本研究によって、これまでにほとんど試みられていなかったレーザーのコヒーレンス性を生かした材料の創製の可能性を探索するとともに、光とメゾスコピック粒子などの線形、非線形相互作用に基づく新しい材料の効率的創製が期待される。さらに複数のレーザー光の量子干渉効果により、われわれのこれまでの常識を超えた量子機能を発現させることが可能である。無反転分布レーザー、量子計算材料など次世代の情報エレクトロニクスを支える新規なデバイスの創出につながると期待される。


This page updated on March 15, 2000

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