細胞力覚プロジェクトの概要


 あらゆる細胞は機械刺激を感じて応答する。内耳有毛細胞、皮膚触覚器、内蔵伸展受容器などの機械受容器はもとより、ごく普通の非感覚細胞も機械刺激に応答する。植物の根や骨芽細胞は重力を感知して根の成長方向や骨形成を調節する。心筋への伸展刺激は時として不整脈や心肥大などの深刻な病態を招く。血管内皮細胞は血流や血圧を感知して血管平滑筋の収縮度を制御し、血圧の調節に寄与する。こうした外来刺激のみならず、細胞の成長、分裂、形態変化、運動に伴って細胞の各所に多様な力が発生して細胞応答を修飾している。このように細胞の機械刺激受容能は広範な生命現象を支える根本的な機能であり、基礎生物医学だけではなく、臨床医学や宇宙医学の発展に欠かせない極めて重要な研究課題である。
 こうした広範な観察事実があるにもかかわらず機械刺激の受容から応答に至る細胞内の分子過程は全く未解明の状態で推移してきた。その最大の理由は機械刺激の受容体(センサー)が不明であったことにある。最初の関門は機械受容チャネルの発見で打ち破られたが、細胞応答への関わりは未だに謎が多い。その原因は、機械受容チャネルの分子実体が未解明であるために、強力な分子生物学的手法が使えないことにある。1990年代になって大腸菌から機械受容チャネルの遺伝子が始めて同定されたが、特殊な型のチャネルで高等生物に類似遺伝子は見つかっておらず、世界中の研究者が真核生物の機械受容チャネル遺伝子の同定に力を注いできた。最近になって、一般性のある機械受容チャネル遺伝子が真核生物から同定され、細胞の機械受容能の研究の飛躍的発展が臨める状態になってきた。
 本研究では、上記の成果を土台に、機械受容チャネルの構造と機能の関係、特異的阻害剤の開発、あるいは細胞応答における機械受容チャネルの役割の解明を目指す。さらには疾病や重力感知との関係など、これまで謎であった重要課題に取り組むための戦略の構築を行う。
 本研究により、細胞の機械感受性に関してこれまで報告されてきた膨大な観察結果に分子的基礎を与えることができ、臨床医学、宇宙医学、バイオメカニクスなどの応用科学をも巻き込んだ"メカノバイオロジー"とでも呼ぶべき新しい学問領域の創成が期待できる。


This page updated on December 24, 1999

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