「近赤外域微弱光検出装置」の開発に成功


本新技術の背景、内容、効果は次の通りである。

(背景) 近赤外域における微弱光検出が望まれていた。

 微弱な光を検出する技術は、散乱・吸収現象を利用した自然科学の研究の他、各種工業における微量物質の検出・計測などに重要な役割を果たしている。これまでは微弱光検出器として高感度な光電子増培管(注1)などが用いられているが、波長が近赤外域の領域では検出感度は著しく低下し、この領域における10-12W以下の微弱光を検出することはこれまでは極度に困難で効率の悪いものであった。
 一方、赤外線レーザを用いた大気中での散乱による微粒子測定(雲、霧などの分布状況による気象観測や大気汚染の調査)が行われているが、観測できる微粒子の粒径はレーザ光の波長に依存しているため、測定対象範囲を広げ、詳細な観測を行うためには近赤外域における高感度な検出装置が不可欠であった。また、近赤外域の光は動植物の体に対して通過しやすく、水素を含む官能基(OH,NH,CH等)を有する分子の吸収帯が近赤外域に存在することを利用して微量物質の分析も可能となるため、高感度な検出器の開発が望まれていた。(図-1)

(内容) 受光ダイオードを冷却してノイズを減少させ、高SN比増幅を行うことで近赤外領域のうち0.9〜1.5μmの微弱光(〜10-16W)を検出できる装置を開発した。

 微弱光の測定には近赤外域(0.9〜1.5μm)の光が入射すると電流を流す特性を持つ受光ダイオード(アバランシェ・フォト・ダイオード:注2)を検出素子として用いる。このダイオードは内部に電子増培作用を有しており、光子1個が入射することで発生した電子が増倍し、電流パルスを発生させることが可能である。さらに、素子自体のノイズ(暗電流:注3)を減少させるために所定の温度に冷却し、また増幅過程での雑音を抑え光子数を計数することで10-16W程度までの微弱光を測定可能とした。図-2に装置のシステム構成を示すが、集光系からの近赤外域光は光ファイバーにより受光ダイオードに導かれ、ここで光子は電流パルスに変換される。ダイオードからの電流パルスはそのままでは小さいため、高SN比増幅を行った後、計数器によりパルスの数がカウントされ光強度(W)を測定する。この新技術により、レーザ散乱光や特定分子による近赤外域光の吸収量を精度良く測定できるようになった。

(効果) 大気・環境計測、各種工業における微量物質検出及び医療診断などへの応用が期待される

 本新技術により近赤外域において非常に微弱な光の検出が可能となったため、各種物質による散乱・吸収を利用して非破壊、非接触及び非侵襲で検出、測定が可能である。具体的には以下のような利用が期待される。

(1) 近赤外域の光を用いる大気・環境計測
 地上から近赤外線レーザを大気へ照射し、大気中に存在する微細粒子(雲、霧、大気汚染塵)で散乱して戻ってくる光を測定することにより、大気中での分布状況の観測。また、地球温暖化ガスの光吸収によるガス分布濃度調査。
(2) 工業分野での計測
 動植物の体を通過しやすいため、非侵襲での血液中のヘモグロビン、グルコース濃度検査や、人体の光透視画像による診断。
(注1) 光電子増倍管
 光が金属などの物質面(光電面)に衝突し、電子(光電子)を物質からたたき出す現象を利用して光を電気信号に変える真空管の一種。
(注2) アバランシェ・フォト・ダイオード(APD)
 光を電気信号に変換する光半導体素子の一種。ダイオードは通常、一方向のみ電流を良く通す。APDでは電流が流れにくい方向に電圧をかけた状態(逆バイアス)で使用される。この状態でAPDに光をあてると、光を吸収することでAPD内で電子が励起されて、この励起された高いエネルギーの電子が移動する際に他の電子を励起する。そしてこの現象が繰り返されることで、光子により発生した電子が増加し電流パルスとしての電気信号が得られる。
 今回の開発には、半導体材料にInGaAs(インジウム・ガリウム・ヒ素)を用いたAPDを使用しており、0.9〜1.5μmの波長の光に対して非常に感度が高い特性を持っている。
(注3) 暗電流
 逆バイアス状態のAPDにおいては光が入射しなくても、不純物や格子欠陥などによりわずかながら電流が観測される。光検出素子において、この様な入射光に起因しない電流を暗電流と呼ぶ。特に光子一つあたりのエネルギーが小さい長波長の光に対して感度の高い光検出素子においては、熱などにより容易に暗電流が生じるため、検出の障害となりやすい。

This page updated on November 11, 1999

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