細野透明電子活性プロジェクト


1.総括責任者

 細野秀雄(東京工業大学応用セラミックス研究所 助教授)

2.研究の概要

 酸化物は、人類が生存する大気雰囲気下では、最も安定な存在形態である。そのため、古くから生活や文明を支える道具や材料として広く用いられている。酸化物の多くは、ガラスやサファイヤに象徴されるように光学的に透明である。このことは、光学的応用を考えた時に大きな特長であるが、これまでは、透明性を活かし、電子が主役を演じるアクティブな機能はほとんど見出されていない。
 しかしながら、最近、新しい光・電子機能をもつ透明酸化物の結晶とアモルファス物質が相次いで発見され、透明酸化物の電子活性に乏しいことは必ずしも物質の本性そのものに基づくものではないことが明らかになりつつある。例えば、電子機能ではこれまで知られていなかったP型伝導性の透明酸化物結晶や新しいN型伝導性透明酸化物結晶が報告された。また、アモルファスにおいても絶縁体からほぼ金属状態まで伝導度が制御できる物質群が見出された。これらの物質はバンドの電子状態に関する考察から得られた化学設計指針に則った探索作業の結果として発見されたものである。また、光機能では、従来、機能劣化の原因として捉えられてきた点欠陥に由来する新しい特性が見出された。長残光蛍光注1)や輝尽蛍光注2)などの蓄光性、光ポーリング注3)による大きな2次非線形光学効果注4)、フォトリフラクティブ機能注5)の発現がそれである。透明無機物質中の点欠陥の研究はハロゲン化アルカリ結晶を題材に精密な研究が蓄積されてきたが、酸化物についても近年の高純度・高品位化の技術の進歩で固体物理の研究対象として真剣に取上げられる状況に至っており、材料科学と結びつ いた大きな発展の胎動がみられる。
 本研究は透明酸化物の結晶とアモルファスを主な対象物質とし、そのバルクのバンド構造と点欠陥の電子状態・光反応性を明らかにしつつ、その制御と活用により光学的透明性を活かした新しい光・電子機能の探索をしようというものある。具体的には人工超格子構造形成も含めた新しい透明半導体物質の設計と探索、イオンビームや短パルスレーザーを駆使した励起プロセスで特異な電子状態をもつ点欠陥の生成を試みる。そして、透明PN接合の形成と発光特性、点欠陥の光応答、点欠陥と光学的活性イオンの空間配置制御によるフォトニック機能の発現などを検討する。特にバンドと点欠陥、そして必要に応じてドープされる光活性イオンの有機的リンクを可能にする電子伝達系の構築とそれから生じる光学的透明性を活かした新しい機能の探索に力点を置きたい。
 この研究によって、透明酸化物は電子的に不活性であるという暗黙の常識が明確に打破され、安定な酸化物をベースとした透明電子回路や新しいアモルファス半導体の領域が拓け、また、バンド構造や点欠陥に関する知見は、透明酸化物を舞台にした新しい光・電子機能のエンジニアリングの誕生につながるものと期待される。

3.研究の進め方

 本研究では、主に透明酸化物の結晶とアモルファスを対象に、(1)電子伝導性制御、(2)欠陥電子活性および(3)機能設計の3グループを設定して、相互に密接な連携を保ちつつ研究を展開する。このため、材料科学、固体物理、固体化学、応用物理、物性理論などの異なるバックグラウンドをもつ研究者を結集し研究を進める。

4.研究事項

 (1)電子伝導性制御

 透明P/N型半導体として適した物質について電子構造から候補物質を選択し、主に薄膜単結晶を対象にドーピングによる電子輸送特性の制御を試み、新しい透明半導体酸化物を探索する。また、PN接合形成による半導体機能素子の評価を行う。

 (2)欠陥電子活性

 イオン注入、真空紫外パルスレーザー照射などの物理的方法や還元・付加などの化学的処理により、特異な電子状態を有する点欠陥の生成とその光応答特性を明らかにする。さらに、発光イオンなどドーパントと組み合わすことで電子伝達系を構築し、新しい機能の発現を検討する。また、真空紫外域の光学材料の探索も行う。

 (3)機能設計

 正逆光電子分光によるバンド構造の測定やパルスESR(電子スピン共鳴)、ENDOR(電子核二重共鳴)などによる局在準位や点欠陥の電子状態の実測、およびバンド計算とクラスター計算による電子状態の評価を行う。また、これらの結果をベースに電子活性機能の設計指針を模索する。

5.研究期間

 平成11年10月1日〜平成16年9月30日

用語解説

注1) 光の照射を止めた後も長時間にわたって発光が持続する現象をいう。
注2) あらかじめ紫外線や電子線などを照射し、電子を準安定状態に励起しておき、後に異なる波長の光を照射し、この電子を励起することで、発光する現象をいう。
注3) 電場で双極子の向きを揃える処理をいう。
注4) 光の電磁場によって物質中に誘起される非線形分極から生じる効果で、加えた外力とそれによる結果との間に一次的な比例関係が成り立たないことをいい、光の波長を変換する材料(二次非線形光学効果)として一部実用化されている。
注5) 結晶に強い光を照射すると結晶内部に電荷分布を生じて屈折率が変化する現象。「光誘起(複)屈折率効果」と邦訳される。

This page updated on October 5, 1999

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