研究主題「カイロモルフォロジー」の研究構想(概要)


 生命体をミクロに見ると、基本分子である核酸(DNA, RNA)中の糖とタンパク質を構成するアミノ酸(グリシンを除き)はキラル(分子の形が左右非対称、右手と左手のように2つの形をとりうる)で、しかも物質世界と異なりホモキラル(一方のキラリティーの分子のみから構成されている)である。マクロなレベルでは、多くの動物は左右対称な外形と左右非対称(キラル)な体内構造を発達させてきている。一方、無脊椎動物である巻貝は分子系統学的に単一祖先から進化した単系統の種群で、体の左右軸が完全に(外形も体内構造も)逆転した鏡像体も正常体であり、右巻きが優性、左巻きが優性、例外的に両者共存するものもある。 これらでは分子の形が逆転しているわけではない。ごく最近になって、脊椎動物の左右軸形成に関わる因子の研究が行われるようになり、いくつかの遺伝子産物(タンパク質)のローカルな役割が明らかになってきたが、これがどのように細胞レベルのシステムへと構築され、生物個体の形態に現れてくるのかは未だ不明のままである。このようにキラリティーというものは、生命現象を理解する上で重要な鍵と思われる。
 本研究は、分子レベルと生物個体レベルにおける左右の形態(カイロモルフォロジー)の識別・形成の機構に焦点を当て、ミクロとマクロの架け橋をキラリティーという切り口から探求するものである。キラリティーはキラルな要因があって初めて識別されるものであり、分子のキラリティーに関しては、気体、液体状態よりは分子間相互作用が密な固体状態の方がはるかに識別されやすいと考え、生命体構成分子に見られるホモキラリティーの確立を固体状態の化学反応の視点から探究する。また、キラリティーを支配する遺伝子とその遺伝子産物がマクロなレベルでの生物個体のキラルな形態形成にどのように関わっていくのかを化学的、物理的視点を踏まえて探求する。さらに、進化の過程で繰り返し現れたと考えられる巻貝の鏡像進化現象を分子系統学的に調べることで、 左右決定機構の分子レベルでの研究成果とあわせて、集団への定着と外来内来因子との関わりに何らかのヒントが得られるものと期待される。
 これらの研究により、応用の進んでいない固体化学反応を用いた生理活性物質の合成、特に固体状態での反応は溶媒を使わないため環境に負荷の小さい合成技術の開拓への展開が期待される。また、キラリティーの識別機構の探究は、医薬品の探索や薬理作用の理解などの基盤的な技術につながることが期待される。


This page updated on May 20,1999

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