低速陽電子ビーム短パルス化装置


本新技術の背景、内容、効果は次の通りである。

(背景) 非破壊で半導体結晶などの欠陥、微細な構造の分析ができる技術の出現が要請されていた

微細加工技術の発展により、半導体デバイスは高集積化され、それに伴い半導体中の結晶欠陥(原子空孔型の格子欠陥)や表面付着不純物などを非破壊で分析することが望まれている。また、金属や高分子材料などにおける新材料開発においても構造、状態を原子レベルの微細な領域で分析する必要にせまられている。
 こうした中で、陽電子ビームを試料へ照射することにより、試料中での陽電子寿命を測定する方法(パルス陽電子寿命測定法:注2)や、陽電子により励起され試料から放出された電子のエネルギーを測定する方法(陽電子消滅誘起オージェ電子分光法:注3)は、非破壊で物質中の結晶欠陥、微細空隙及び試料の表面元素を分析することができる技術である。
 陽電子を用いて、こうした分析を行うには陽電子源からの連続ビームの強度(単位時間の陽電子数)を低下させずに短パルス化(注4)したいが、従来はパルス化する際、陽電子利用率が低く(1〜3%程度)、高強度の短パルスビームを得るために大規模で高価な陽電子源(電子加速器)が必要であり、陽電子を用いた分析法の普及を図る上で課題となっていた。

(内容) 連続陽電子ビームを陽電子高利用率で短パルス化する装置を開発した

本新技術は、陽電子源からの連続ビームの強度をできるだけ低下させることなく(陽電子高利用率)、短パルス化する装置(写真−1)に関するものである。図−1(上)に短パルス化装置の概念を示す。陽電子源からの連続ビームは分断器(チョッパー)に入り、まず比較的パルス幅の長いパルスビームに切断される。次にこのパルスビームを圧縮器(バンチャー)に入射し、パルスビームの前半部の陽電子は減速させ、後半部の陽電子は加速させることで圧縮(短パルス化)する。減速、加速はパルスの通過に合わせて圧縮器内の電位を変化させることで行い、パルスの前部が通過する時には圧縮器内を正電位にして陽電子を減速させ、後部が通過する時は負電位にして陽電子を加速させる。
同図は従来技術も合わせて示しているが、新技術では圧縮器においてパルスに印加すべき電位を陽電子の電荷、質量及び速さから厳密に計算し、その最適値を用いることで圧縮性能を高めることができた。この結果、圧縮前のパルス幅を従来より大きくとることができ、陽電子の損失分が少ないため陽電子高利用率  (10%以上)を確保しつつ、短パルス化(200〜300ピコ秒)する装置が完成した。

(効果) 半導体材料や金属、高分子材料などの研究、開発への利用が期待される

 陽電子利用率を高めたことによって、従来のように装置の大部分を占める高価で大規模な陽電子源が不要で、小型の陽電子源(イオン加速器)でも利用できるようになり、装置全体の費用を半分以下に低減することが可能となった。本装置は、材料の結晶欠陥やナノメートルオーダーの極微細な欠陥・空隙を高精度で分析できるため、トランジスタや太陽電池などの半導体材料や薄膜材料、原子炉・核融合炉材料、高温超伝導体材料及び高分子材料などの分析、さらには研究や開発に幅広く利用されることが期待される。


(注1) 正の電荷を有し、電子と同じ質量の粒子。物質中の電子と出会うと直ちに消滅し(対消滅)、γ線を放出する。このγ線を検知することで陽電子の消滅時刻を知ることができる。
(注2) 材料中に陽電子を入射した時、原子空孔型の格子欠陥や微細な空隙などで陽電子は一時的に捕獲され、ある寿命が経過した後、消滅する。この寿命時間は欠陥の大きさ、分布状況などに依存するため、消滅時に放出されるγ線を計測することで欠陥の有無や状態を分析できる。(パルス陽電子寿命測定法)
(注3) 陽電子を材料に入射すると原子の内殻電子と対消滅し、そこに正孔をつくる。その準位より高いエネルギーを持つ準位にある電子が正孔を埋め、その時放出するエネルギーをさらに別の電子に与え、励起して物質外に放出する(オージェ電子)。この放出された電子のエネルギーは元素によって決まっているため、これを測定することによって元素を特定できる。(陽電子消滅誘起オージェ電子分光法)
(注4) パルス陽電子寿命測定法(注2)により材料中の格子欠陥分析を行う場合、陽電子ビームを短パルス化する必要がある。その理由は、欠陥のない材料中に短パルス陽電子ビームを入射した場合、陽電子は材料中の電子と直ちに対消滅するため、短パルス状の消滅γ線が観測される(図a)。一方、欠陥が存在する場合には陽電子が一時的に捕獲されるため、消滅γ線の発生遅れを観測することができる(図b)。しかし、パルス幅が長いと消滅γ線の発生遅れを明確に分離することができず、微細な欠陥の分析が不可能となる(図c)からである。


This page updated on April 22, 1999

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