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理事長インタビュー

2016年10月「JST設立20周年 未来の価値づくりに 新たな挑戦を」

 JSTは今年10月で設立20周年を迎えました。「日本科学技術情報センター(JI CST)」と「新技術事業団(JRDC)」が1996年10月に統合し、科学技術振興事業団(当時)が誕生しました。

 この20年は国内外ともに激動の時代でした。発足の年に第1期科学技術基本計画がスタートし、JSTは同計画に沿った科学技術政策の中核的な実施機関の役目を担ってきたのです。イノベーションの推進、科学技術外交や震災復興など、科学技術の成果を社会につなぎ、希望の持てる国づくりや、明日の科学者を育てる事業など、ユニークな事業に取り組んできました。

 人工多能性幹細胞(iPS細胞)の作製と、青色発光ダイオード(LED)の開発と実用化を長期にわたって支援し、2つのノーベル賞受賞につなげました。昨年は、ロイター社の「Top25 グローバル・イノベーター:国立研究機関」の世界第3位に選ばれました。

 世界的な潮流のイノベーションを推進し、科学技術を社会に役立たせ、生活を豊かにするために、JSTはこれからどのような貢献が求められているのでしょうか。濵口道成理事長が語ります。

社会から求められる科学で 希望の持てる社会に

—JSTは20歳になります。まずこれからの方向性や役割についておうかがいできますか。

 ひと言でいえば、私たちの仕事は科学技術によるイノベーションを通じて人類社会に貢献することです。新しい価値を創造し、それによって仕事を生み出し、暮らしを豊かにするような収入をもたらし、未来に希望が持てる社会をつくることなのです。国連の目標にも掲げられている「持続可能な開発目標(SDGs)」の実現です。日本は資源がないながらに、科学技術によって持続可能な社会を実現してきました。いま改めて激動する社会の中で新しい価値づくりが求められています。

 イノベーションの質は変化しつつあります。優秀な科学者が突然何か新しい発見をし、技術を開発したからといって、実現するものではありません。少々難しいですが、社会に求められる価値として、あるいはモノとして実現されるプロセスが必要なのです。

 例えばノーベル賞を受賞された赤﨑勇先生は、家電メーカーの研究所に在籍していたからこそ、社会が何を必要としているかを肌で感じ取っていました。大学に戻って研究を深めることで、苦労しながら窒化ガリウムによる青色発光ダイオードを実用化し、電力の供給を受けにくい環境にある世界の15億人に光をもたらすことができたのです。つまり社会の求めているものを実感し、日々の研究に生かすプロセスを踏んでこられたのです。JSTの活動はこれまで科学者の発明を社会実装していくスタイルでしたが、現在は基礎研究、応用研究、社会実装が一体化して同時進行できるように研究を支援していく経営手腕が問われています。

 もう1つ大事なことは、日本の研究力の急速な低下を食い止め、いかに回復させるかにJSTとしても独自に挑戦することです。27の分野で国際比較したところ、この10年間に日本の科学技術論文の被引用件数は急落しています。この現状を新たなファンディングのシステムをつくることで解決したいと、真剣に方策を練っています。

 ドイツは、日本と違ってずっとトップ3を維持しています。その要因は国際共同研究が圧倒的に多いためと考えます。ドイツのフラウンホーファー研究機構やベルギーの研究機関であるIMECなどから学べるところを分析中です。わかってきたことは、イノベーションを起こすには新たなファンディングのスタイルをつくり、大学と産業界の中間的な組織としてつなぐことです。

新たな価値を生み出す仕掛けづくりを

—JSTの将来像を打ち出した「濵口プラン」をどのように実現していきますか。

 「濵口プラン」の中で特に新しい点は、独創的な研究開発に挑戦する「ネットワーク型研究所」の確立と、地域の拠点をつくる「地域創生への貢献」です。前者はJSTが支援しているトップレベルの研究者とのつながりをネットワーク化し、新しい価値を生み出すような仕掛けをつくると同時に、研究力の低下にも歯止めをかけます。後者は、フラウンホーファー研究機構やIMECのように、日本各地の固有の文化や人材が持つ潜在的な能力を掘り起こし、新たな社会的価値につなげる拠点としていきたいと思います。来年度予算に反映させるため、文部科学省、財務省に働きかけています。

—少子高齢化、環境エネルギー問題など、課題先進国として抱えている問題があります。JSTの成果や活動を通してどのように世界に発信していきますか。

 単に科学技術の分野だけにとどまらず、イノベーションで社会を変えるような、複雑多岐にわたる多くの課題を解決することが求められています。また、科学技術そのものが外交の主要課題にもなり始めています。JSTのすべての活動において国際的な発信に力を入れていきます。

科学の限界と可能性よく整理して説明すべき

—これから20年、30年先まで、JSTが社会から信頼され、国民に夢や希望を与えられるようにするには、どんな役割が求められ、どのようなことが必要でしょうか。

 まず最も大事なことは、JSTの活動は国民の税金で支えられていることを常に意識することです。国民に信頼され、期待される組織にならなければいけません。そのためには透明性、公平性、そして説明責任が問われます。医療の現場で使われるインフォームド・コンセント(十分な説明と同意)を常に意識し、科学技術の未来を語るときに、夢や希望だけではなく、科学技術の現時点での限界や、解決できることとできないことを、きちんと整理して説明することが大切です。症状を正確に説明し、どういう治療法を選択するかを患者さん自身に判断してもらう時代です。科学技術も同じで、単なる新しい知識や技術力だけではイノベーションは起きません。社会がそれを支持して、その価値を理解してこそ、実現できるのです。

—難解な専門用語の多い科学技術です。多くの人にわかりやすく伝え、知っていただくのはとても難しいことです。どこに気を遣い、どのように語りかけたらよいのでしょうか。

 ICTの発展によって、専門家でなくても詳しい情報を簡単に調べられるようになりました。病気の診断や治療にしても、新米の医者よりも、患者さんの方が知識を持っていることがあります。対話の中で、短いフレーズに込められた相手の疑問や質問、思いを的確に読み取る能力が科学者には必要です。

 同意を求めるには、論理だけでは通用しません。科学者の仕事は厳密な実験をし、正確なデータを出すという地道な作業ですが、相手の気持ちに寄り添い、十分に真意が伝わるように説明することが必要なのです。この能力を身につけていく中で、自分の生きている意味や価値、喜びを深く実感できるのです。そこに人生の真実があるのです。研究者の道を選んだ人は、この価値をぜひとも実感していただきたいと思います。

復興支援に感動どう寄り添うか考えよう

—ではJSTの職員はどのように貢献できるでしょうか。

ナビゲーターとしての能力が必要です。幅広い分野の知恵が結びつかないとイノベーションは起きません。違う価値観や言葉を持った人を引き合わせるような場をつくることです。そこでうまく調整・運営し、両者が寄り添えるような社会をつくるのです。そのキーマンになれるのが他ならぬJSTの誇り高い仕事なのです。

—最後に、この10月で理事長に就任してまる1年になります。この間、強く印象に残ったことはどんなことでしょうか。

 最も感動したのは東日本大震災に対するJSTの復興支援活動です。復興を科学技術の力で支援し、新たな企業を興し、地域に仕事を生み出すことができるのだと実感しました。この仕事を地道に黙々と苦労してきたJST職員がたくさんいることが嬉しかったです。

 科学技術の課題とは人類社会の持続可能な発展に貢献することだと言ってしまうと、とても難しそうに思いますが、その原点は一人一人にどう寄り添うかです。どのように支援するのか、どうしたら希望が生まれるのか。それを科学技術のプロ集団として、常に問い続けることが大事だと思います。

—難しい問題を噛み砕いてお話しいただきました。ありがとうございました。