ようこそ 私の研究室へ36 「高アスペクト比X線格子を用いた位相型高感度X線医用診断機器の開発」チームリーダー  百生敦

誰もやらなかった方法でX線計測の可能性を開拓する 位相イメージング技術でがんなどの早期診断に貢献します。
PROFILE

百生 敦 (ももせ・あつし)

東京大学大学院 新領域創成科学研究科 准教授
1962年、富山県生まれ。85年、東京大学工学部物理工学科卒業。87年、同大学大学院工学系研究科物理工学専攻修士課程を修了し、(株)日立製作所に入社(基礎研究所配属)。96年、工学博士。97年3月〜98年2月、欧州シンクロトロン放射光研究機構(ESRF)に客員研究員として留学。99年11月、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻助教授に就任。03年3月より現職。04年よりJST先端計測分析技術・機器開発事業のチームリーダーを務める。

レントゲンで柔らかな組織を写し
リウマチやがんの早期診断に貢献

「医療現場で使われているレントゲン写真では鮮明に写らない、軟骨などの柔らかい組織を詳細に観察できるX線画像診断装置の開発に取り組んでいます」
 X線を体に照射して体内を撮影するレントゲン検査。X線は物質を透過する際に一部吸収されるが、吸収量は物質の種類や厚みによって異なるので、透過したX線に濃淡が生じる。この濃淡がレントゲン写真だ。
 内臓のような柔らかな組織はX線をほとんど吸収しないため、写りにくい。そこで、造影剤を注入する方法や、MRIや超音波などの他の検査手段が開発されてきているが、患者の体の負担になる、装置が高額、撮影領域が限られるなど、それぞれに条件がある。柔らかな組織も骨と同じようにX線で撮影できたら、診断上のメリットは大きい。
 90年代に登場したX線の位相情報を利用する技術は、柔らかな組織の観察を可能にする。X線に限らず、電磁波は媒質によって伝搬速度が変わる。このため、違う媒質を通ってきたX線には位相にズレが生じる。位相イメージング技術は、このズレを検出して画像化するものだ。たんぱく質などに対して、従来の方法に比べ約1000倍の感度が期待できるという。
 だが、医療現場での実用には大きな壁があった。位相イメージングに使用するX線には強度と質の高さが求められるため、これまでシンクロトロン放射光(SR)という特殊なX線が使われてきたのだが、SRを発生させるには巨大な施設を要するのだ。
 そこにブレークスルーをもたらしたのが、百生敦さんだ。「可視光域では以前から開発されていたタルボ(Talbot)干渉計を応用すれば、病院で使われているX線源で位相イメージングが可能です」。すでに試験機を開発済みで、病院に持ち込んで検体を使って実証実験中だ。「MRIよりも解像度が数十倍程度高く、格段に安い装置になる見込みですから、リウマチなどの軟骨病変やがんの早期診断に貢献できるのではないでしょうか」

独り立ちした研究者に
なりたい一心で道を切り拓く

「大学時代より一貫してX線光学の研究に取り組んできています。とはいえ、SRの研究室を選んだのはたまたまで、やりはじめてからこの分野のおもしろさに気づきました」
 筑波の高エネルギー物理学研究所(現、高エネルギー加速器研究機構)で、世界有数の第2世代SR施設、フォトン・ファクトリー(PF)が稼働しはじめたのは1982年のことだ。大学4年生の百生さんは、このほやほやの施設で実験する幸運に恵まれた。
 「子どもの頃から、極限の世界に憧れていたのですが、PFではノーベル賞級の仕事ができそうな気がして、夢中になって研究に打ち込みました」
 博士課程へは家庭の事情もあり、進学しなかった。とはいえ、なんとしても研究者として独り立ちしたかった。さいわい、PFにビームライン(X線を取り出す経路)を持つ企業を紹介され、PFで研究する環境を得る。そこで、主業務のかたわら、独自の研究テーマを探した。
 入社2年目の夏。「これだ!」と思うテーマを見つける。位相イメージングによるCT画像の撮影。これを位相CTと呼んでいる。X線で生体試料を立体観察しようというのだ。しかし、自由に使えるお金はなかったので、特許だけ書く。それでも、研究への思いは募る一方だ。翌年になってから、少しずつ研究費を捻出し、独自テーマの研究を主業務とかけもちする。
 「使える時間は全部使うという感じで、休日も泊まり込みで実験していました」
 着想から足かけ9年の96年。ウサギのがん化した肝臓のCT画像を一流学術誌に発表する。そんなものがX線で撮れるとは誰も思わなかった。一躍、国際的に知られる研究者となった。翌年には、当時の最先端、欧州の第3世代SR施設で研究するオファーが舞い込んだ。

遊び心と行動力で
分野を先導する

「タルボ干渉計という技術は、東大へ移ってから、輪読に使った教科書で偶然知りました。あっと思いました。古い技術ですが、X線に適用した例はありませんでした」
 そのときすでに2月だったが、すぐに残っている年度の研究費をかき集め、干渉計のカギになる格子を試作する。すると、X線でも干渉計が作れそうな手応えがあった。
 「何かおもしろいテーマはないか、常に探しています。だから、教科書のほんの数行の記述でしたが、やり過ごさなかったんです。テーマを選ぶときは、仮にその研究がもっともうまくいった場合に、どれだけのインパクトが期待できるかを検討します」。今回の場合は、医療現場での位相イメージングの実用化に道が拓けるということだ。
 2003年に、世界初のX線タルボ干渉計の成果を発表する。前述の位相CTの研究もそうだが、いわば“コロンブスの卵”だ。位相CTのときは、上司が思わず尋ねたという。「どうしてこれまで誰もやっていなかったの?」
 「そんなこと、僕にきかれてもネ」と笑う。「研究者に必要なのは遊び心。研究をしているときの脳の使い方は、学科の勉強より図画工作や音楽をやっているときのそれに近いのではないかと思います」


研究の概要

 X線位相計測の新しい手法を研究している。JST先端計測分析技術・機器開発事業開発課題で採用しているのは、タルボ干渉計という原理。X線光源としてSRのような特殊な光源を要しないという長所がある。格子を透過した光が一定の距離で格子そのものの像を結ぶという19世紀に発見された現象を利用している。像のできる位置に同一の第2の格子を置くと、第1の格子直前に置かれた被写体を透過することで像の位相が乱されている場合、その乱れは、第2の格子との間に生じるモアレとして検出される。1度の測定で、吸収像、微分位相像、および小角散乱像が生成される。干渉計の開発で大きな課題になるのは格子を作ることだ。数ミクロン幅のスリットが並んだ構造で、遮蔽部分がX線を透過しないように、厚さ30ミクロンほどの金を盛る高度な微細加工技術を要し、プロジェクトメンバーの兵庫県立大学が開発を担当している。この干渉計に、露光時間を短縮するための改良を加えたタルボ・ロー(Talbot-Lau)干渉計を開発し、実用化を目指している。医療応用のほかに、非破壊検査などへの応用が期待されている。

タルボ・ロー干渉計で得た画像 鶏手羽の観察例
吸収像は従来のレントゲン写真に相当。吸収像では見えない軟骨が、微分位相像で確認できる。
さくらんぼの観察例
小角散乱像ではさくらんぼの繊維まで写っている。「小角散乱像はお医者さんにとくに好評で、乳腺の撮影ができて、乳がんの早期診断に役立つのではないかと期待されています」
(開発メンバーのコニカミノルタエムジー(株)により撮影)

TEXT:黒田達明/PHOTO:植田俊司/パース:意匠計画