なかでも注目を集めるのがヒトのRNA干渉。これまでは、その存在こそ明らかにされていたものの
生体内でのメカニズムの基本すらわかっていなかったが、今回大きな光を当てる研究が発表された。
たんなる「運び屋」ではない
独自の機能を持つRNA
近頃、DNAという言葉を耳にしない日はないといっても過言ではない。たとえば犯罪捜査の「DNA鑑定」、あるいは「企業のDNA」といったような、比喩としての使用例……それに対して、同じく核酸でありながら、RNAの影は薄い。その主たる原因が「セントラルドグマ」、すなわちRNAはDNAから転写された遺伝情報をたんぱく質に翻訳するための介在物という考え方だ。つまり、RNAはあくまでも「運び屋」にすぎないというもの。むろん、これとて非常に重要な機能である。ただそれ以外のはたらきはないだろうとされていたことが、RNA軽視の原因となってきたのだろう。
ところが研究者の間では、90年代の終わり頃から、大きく風向きが変わってきた。そのきっかけとなったのが「RNA干渉」の発見である。これは「短い2本鎖のRNA」が特定の遺伝子の発現を抑制する現象のこと。つまり、たんなる運び屋ではなく、RNAにはこれまで知られていなかった独自の機能が備わっていることが明らかになったのだ。当初、植物で発見されたこの現象は、その後、線虫のような真核生物でも確認され、さらにはヒトの体内でも、同様の現象が起こっているのはほぼ間違いないとされてきた。しかし、そこには1つ大きな謎があった。RNA干渉を起こすためには2本鎖のRNAが存在する必要がある。つまり、1本鎖のRNAと対になる、反対鎖のRNAが不可欠だが、それを作りだす酵素の存在が、哺乳動物では立証されていなかったのだ。
「結論から言うと、今回、反対鎖を作る酵素を、哺乳動物のなかでわれわれが見つけたということです」と語るのは、国立がんセンター研究所の増富健吉プロジェクトリーダー。植物や線虫では、すでにそうした酵素(RNA依存性RNAポリメラーゼ=RNAを鋳型にして反対鎖のRNAを合成する酵素)が発見されていたが、ヒトなどの哺乳動物では見つかっていなかった。その理由は……。
「これまではモデル動物とのホモロジー(相同関係)検索が主でしたが、答えは思いもよらないところにあったんです」
たしかに思いもよらないところだった。なにしろヒトのテロメアを合成する酵素として知られているテロメレース逆転写酵素(TERT)[※注]が、じつはRNA依存性RNAポリメラーゼとしての機能も持ち合わせていたのだから。ではこのある種、「逆転の発想」的な結論に達するまでの過程を増富先生に振り返ってもらおう。
地道なたんぱく精製が
アイデアを現実にした
「僕は97年から研究の道に入りましたが、ちょうどその頃、ヒトTERTが発見されたんです。で、新しく生化学の研究を始めた大学院生が新たに同定されたたんぱく質(酵素)の精製をするというのは、実験手法の基本を習うためにはごく当たり前のコースなんですよ。野球部に入った人がキャッチボールをやるようなものですね(笑)。ですから僕もひたすらヒトTERTのたんぱく質精製をやりつづけました。
でも、その時点では、RNA干渉のことはまったく頭にありませんでしたね。まだ現象自体が発見されていませんでしたし……あくまでも当時注目されていたテロメレースとがんとの関連に関しての研究の一環として、TERTを研究していたんです」
じつをいうとTERTがRNA依存性RNAポリメラーゼの機能を持つかもしれないというアイデアは、RNA研究の第一人者、トム・チェックらが先鞭をつけている。ただし、それはあくまでもアイデアのみで、立証はされていなかった。
「トム・チェックらが報告している遺伝子の進化を示す樹形図を見ると、TERTとRNA依存性RNAポリメラーゼはとても近いところにいます。さらに最近になり構造学的にも、この2つが非常に近いことが判明しました。だったらこのTERTがRNA依存性RNAポリメラーゼの機能を持つのではないか」という仮説が立てられた。
では、なぜこれまで立証できなかったのかというと、理由は単純で、「TERTをきれいなたんぱく質として取ることに難渋していたんですよ。それゆえ試験管内での実験が進まなかった。でも、僕は97年から精製を続けていましたから、わりときれいなたんぱく質が取れたんです」
こうして準備が整い、「TERTは特定の条件下でRNA依存性RNAポリメラーゼとしてはたらく」という仮説の下に実験が開始された。TERTがRNAと安定的な結合をするたんぱく質であることはわかっていたため、「特定の条件」とは、「結合するRNAの種類」ではないかと推定した、そこで、RNAを網羅的に解析した結果、TERTがRMRPという非コードRNA(たんぱく質の遺伝子情報がコードされていないRNA)と結合すると、RNA依存性RNAポリメラーゼの活性を示すことが判明。また、それによってRMRPの反対鎖が合成され、2本鎖RNAが作られた後に、22塩基の「短いRNA」として機能していることも証明された。
「ダイサーという酵素がRNAを切り刻んで短い2本鎖RNAを作るんですが、ではなぜ短くなければならないかというと、ヒトの場合、長い2本鎖RNAはインターフェロン(ウイルスなどに含まれる外来性のRNAなどの侵入に反応して分泌されるたんぱく質)にブロックされてしまうんです。ですからRNA干渉を行うためには、短いRNAであることが必須条件なんですよ」
RNA干渉によって広がる
新たな疾患医療
かくしてヒトなどの哺乳動物にも、RNA干渉に欠かせない酵素であるRNA依存性RNAポリメラーゼの存在が初めて確認され、「短い反対鎖のRNA」が、外部から導入しなくても、細胞内で作りだされていることが示された。
1990年代にアンチセンス医薬(反対鎖のRNAを人為的に導入し、生体内のRNAの機能を阻害することで、ターゲットとなる遺伝子の発現を抑える)が話題になったことがある。しかし、体内にはアンチセンスRNAを増幅する機能がないため、効果はほとんど得られなかった。だが今回の発見をもとに、RNA干渉を応用した医薬品の新たな技術開発が期待できるだろう。
「そのほかに標的として考えられるのは、インフルエンザウイルスやC型肝炎ウイルスのような、RNAを遺伝子情報として持つウイルス。こいつらはRNA依存性RNAポリメラーゼを使って自分たちを複製するというライフスタイルを持っていますから、今回得られた知見をヒントにウイルスのRNA依存性RNAポリメラーゼを狙うと、インフルエンザウイルスやC型肝炎ウイルスなどに対する有効な治療法につながる可能性もあります。あと、僕の本来の研究テーマはがん治療法の開発ですが、がん細胞の場合、TERTが、がん発生のメカニズムに深くかかわっています。ですから今回わかったTERTの新しい機能を阻害してやれば、効率的にがん細胞の老化を引き起こせるかもしれません。
たんぱく質の精製は、現在も続行中です。現時点ではいまだ実現されていないヒトでのTERTの結晶構造分析ができれば、薬剤開発への応用も広がりますし、なんといっても純度の高いたんぱく質の精製は、分子生物学を進める上での基本ですから(笑)」