Close up 戦略的創造研究推進事業さきがけ「代謝と機能制御」の研究成果から 脂肪の老化と炎症

生活習慣病のリスクを高めるメタボリックシンドローム。内臓に畜積された脂肪を「老化」と「炎症」2つの観点から調べると、病気のメカニズムや画期的な治療法の可能性が見えてきた。
part01 研究課題「老化シグナルにより制御される代謝ネットワークの解明」 脂肪組織の老化が糖尿病を引き起こす!

加齢は止められないが
老化は止められる


脂肪細胞の老化スピードを遅くしたい!
南野 徹(みなみの・とおる)千葉大学医学部卒業。病院勤務の後、東京大学医学部研究生となり医学博士号取得。ハーバード大学医学部リサーチフェロー、帝京大学医学部第3内科助手を経て、2002年より千葉大学医学部附属病院循環器内科助手。2007年より助教。

用語解説 テロメア 染色体の両端に存在する構造。DNAの特徴的な繰り返し配列を持つ。たんぱく質と結合して投げ縄のようなループ構造を作り、染色体を安定に保つ。細胞分裂の際、テロメアのDNAは完全に複製されないため、分裂を繰り返すうちに次第に短縮していき、最終的にはループ構造が維持できなくなる。こうした構造変化がDNAダメージとして認識され、細胞の老化を引き起こすことが知られている。

テロメアが短いと糖尿病になりやすい
モデルマウスによる検討  まず、脂肪細胞だけのテロメアを短縮させたモデルマウスに高脂肪食を与えると、インスリン抵抗性が引き起こされて血糖値が上昇した。一方、正常なマウスでは、高脂肪食を与えてもインスリン抵抗性や血糖値にほとんど変化は見られなかった。また、モデルマウスの脂肪組織では、多くの老化した細胞において、老化シグナルであるp53遺伝子の活性化と、悪玉アディポカイン(蓄積した内臓細胞から分泌されるたんぱく質)の産生増加が認められた。さらに、モデルマウスから老化細胞を取り除くとインスリン抵抗性が改善すること、老化細胞を正常なマウスに移植するとインスリン抵抗性が引き起こされることも確認された。
 次に、日本人の糖尿病の大部分を占める2型糖尿病を人為的に引き起こさせたモデルマウスの脂肪組織を調べたところ、悪玉アディポカインの産出増加やp53の活性化などが認められた。また、p53を欠乏させて老化を阻害すると、悪玉アディポカインの産出が低下してインスリン抵抗性が改善すること、反対に、p53を過剰発現させて老化を促進すると悪玉アディポカインの産出が増加してインスリン抵抗性が悪化することも確認された。
 これにより、脂肪細胞が老化して、悪玉アディポカインの産生が増加し、糖尿病発症に至ることが示された。

 「メタボリックシンドローム」略して「メタボ」――お腹の出っぱりが気になる人たちにとっては、耳の痛い言葉だろう。メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)とは、内臓脂肪型肥満に高血糖・高血圧・脂質異常のうち2つ以上を併せ持った状態のこと。糖尿病、高血圧症、高脂血症といった生活習慣病の一歩手前の状態だが、内臓脂肪が過剰にたまっていると、発症のリスクが高まる。さらに症状が進むと、動脈硬化を進行させ、心臓病や脳卒中も招いてしまう。
 内臓脂肪がたまると、なぜこれらの病気が進行するのか。その仕組みを、脂肪の「老化」という観点から解明する画期的な研究成果を発表したのが、千葉大学医学部の南野徹助教だ。
 「年を取ると、もの覚えが悪くなり、筋肉が落ち、皮膚にしわがよってきます。こうした加齢にともなって起こる好ましくない形質が老化です。老化が進めば病気になり、やがて死に至ります。ただし、老化と加齢とはじつは違います。同じ年齢でも、老け込んでいる人もいれば、若々しい人もいる。老化を少しでも食い止めることが、病気の予防や治療につながるのではと考えました」
 南野助教は、老化の研究を進めるうちに、臨床の現場で糖尿病患者の様子に目を留めた。「糖尿病にかかった方は、見た目が非常に老けてしまいます。糖尿病は老化を早める病気ととらえてもよいでしょう」
 内臓脂肪がたまると、糖尿病発症のリスクが高まる。そこで、脂肪と老化の関係に興味を持った。しかし、脂肪に着目した理由はそればかりではない。線虫にある脂肪に似た組織について、興味深い知見がもたらされたことも、1つのきっかけとなった。
 「以前から、線虫の全身のインスリンのシグナルを低下させると寿命が延びることが指摘されていました。ところが、全身ではなく、脂肪に似た組織のインスリンのシグナルを低下させただけでも寿命が延びるという現象が報告されたのです」
 インスリンは血糖値の恒常性維持に重要なはたらきを持つホルモンだ。糖尿病患者はインスリン抵抗性(※)が引き起こされているため、多量のインスリンが投与される。こうして南野助教は、「老化」という観点から脂肪の研究へ踏み出していった。
※インスリン受容体のシグナル伝達が抑制されて、血糖降下作用が低下している状態を指す。

1つひとつの細胞も
年齢につれて老化する

 ところで、「脂肪の老化」とはそもそもどういう現象なのか? ポイントとなるのが、「細胞の老化」という視点だ。
 「もの覚えが悪くなったりするのは、細胞が集まった人間という“個体”の老化です。1つひとつの細胞も、年齢を重ねるにつれて分裂が止まったり、はたらきがおかしくなったりします。これが“細胞”の老化です」
 細胞の老化が進めば個体の老化も進むのではないかという推測は以前からなされていたが、その関連性は明確にはなっていなかった。南野助教は、線虫に関する知見などから、特に脂肪細胞の老化に着目すれば、そこに新たな光を当てることができるのではないかと考えたのだ。
 細胞の老化のメカニズムで大きな役割を果たしているのが、「テロメア」だ(右記事参照)。染色体の両端に存在し、独特のループ構造をしている。年齢を重ねるとテロメアの長さが短くなり、細胞の老化が進むことが知られている。テロメアの研究者に2009年のノーベル医学・生理学賞が贈られて話題になったが、南野助教も早くからテロメアに注目し、研究を続けていた。
 「私はもともと、血管の老化と動脈硬化の関係について研究していました。そこで、血管細胞のテロメアの構造を壊すと、細胞の老化が急速に進み、血管のしなやかさが失われて硬化することを確かめていたのです」

「p53」遺伝子を欠乏させれば
老化は止められる?

 南野助教は、脂肪細胞のみでテロメアを短くしたモデルマウスや、2型糖尿病モデルマウスを用いて、脂肪細胞の老化と糖尿病発症の関連について実験を試みた。
 その結果、脂肪細胞が老化しているマウスはインスリン抵抗性が引き起こされやすくなり、また、糖尿病を発症しているマウスは多くの脂肪細胞に老化が見られることが明らかになった (右記事参照)。
 マウスだけでなく、人間の2型糖尿病患者の内臓脂肪を調べたところ、やはり脂肪細胞の老化が見られた。糖尿病発症や老化のメカニズム解明に向けて、大きく一歩、前進したのだ。
 とりわけ、今回の研究成果のなかで注目されるのが、「p53」と呼ばれる遺伝子のはたらきだ。老化した細胞で活性化が確認されただけでなく、p53を欠乏させたマウスでは、脂肪細胞の老化が阻害され、インスリン抵抗性が改善することも確かめられている。
 そう聞いたわれわれは、こんな想像をふくらまさないだろうか。「人間でも、p53を欠乏させれば、老化を止め、糖尿病の発症を抑えられるのではないか」と。ところが、そこには大きな気がかりがある。p53はがん抑制遺伝子としても知られていることだ。
 「簡単にいえば、p53がなくなるとがんになるリスクが高まってしまうのです。老化とがんは表裏一体の関係にあるんですよ。体の中で細胞ががんと戦うと、老化した細胞が蓄積していき、一定の量を超えたとき、さまざまな症状になって現れる――いわば、細胞はがんと戦うために老化しているようなものなのかもしれません」

老化した細胞が蓄積する
スピードを遅くするために

 現在の研究では、脂肪細胞の場合はp53を欠乏させても悪性疾患化する頻度は少なく、高い安全性を期待できるという。
 今後、p53が細胞を老化させたり、がんを抑制したりするメカニズムの解明が進めば、糖尿病に限らず加齢に伴うさまざまな疾患について、がん化の危険性の少ない治療法開発につながる可能性が広がる。
 「年齢とともに、脂肪に老化した細胞が蓄積されるのは仕方ないでしょう。老化した細胞を元の状態に戻すことも難しいかもしれません。しかし、老化した細胞が蓄積するスピードを遅くして、発症を後ろに引き伸ばすことは可能だと思います。ただし、細胞の老化自体を止めるとがんにつながるかもしれません。細胞の老化には、テロメアが関与しているものばかりでなく、酸化ストレスの増加なども関連していますから、それらを統合的に考えて、老化という現象のメカニズムを明らかにしたいですね」
 南野助教の研究からは、常識とは違った脂肪の姿も見えてくる。
 「これまで、脂肪はエネルギーの貯蔵庫ぐらいに思われてきました。しかし、実際には代謝の制御に影響を与えていて、例えば「脂がたまっている」といった情報が、脂肪から脳にシグナルして伝わっていることもわかってきています。老化についても、脂肪細胞の老化がシグナルとなって伝わり、個体の寿命そのものに影響を与えているかもしれませんね」
 脂肪は、「厄介者」といった負のイメージを抱かれがちだ。しかし、そんな顔の裏に、私たちの生命活動をコントロールする大きな力が秘められているのかもしれない。

マウスに囲まれた実験室の南野助教。研究生活をおくりながら臨床医の仕事にも就いている。「研究に行き詰まったとき、『病気が良くなりました』と言う患者さんから元気をもらったことが何度もあります」

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