ようこそ 私の研究室へ31 「収束イオンビーム/レーザーイオン化法による単一微粒子の履歴解析装置」 チームリーダー 藤井正明

レーザーを巧みに使い、見えない世界を照らし出す 大気中に浮遊する微粒子一粒の履歴が調べられる装置を作ります。
PROFILE

藤井正明 (ふじい・まさあき)

東京工業大学 資源化学研究所 教授
1959年秋田県出身。82年、東北大学理学部化学科卒業。85年、同大学大学院理学研究科化学専攻博士課程を単位取得後退学し、同大学理学部化学科の助手となる。93年、早稲田大学理工学部助教授に就任。同年、科学技術振興事業団さきがけ研究21「光と物質」領域研究員を兼任(〜96年)。97年、岡崎国立共同研究機構分子科学研究所教授。99年、同研究所分子制御レーザー開発研究センター長を兼任。2003年より現職。04年よりJST先端計測分析技術・機器開発事業の機器開発プログラム・チームリーダー

出会いを大切にし
新発見・新発明に結実

藤井正明
「物理化学の分野で主に複数のレーザーを使った分光技術の開発に取り組んできました。分光とは吸収する光や蛍光のエネルギー分布から、物質の性質を調べる方法です」
 ふと、相手の顔つきが変わってきたことに気づいた。藤井正明さんが、さきがけ研究の縁で紹介された光学機器メーカーの人に、自分の研究を説明していたときのことだ。
 相手は思いもよらぬことを言う。「ひょっとしたら、その原理を応用して、回析限界を超える顕微鏡が作れるかもしれませんよ」。光学顕微鏡は観察に使う光の波長よりも小さい分解能は得られない。しかし、藤井さんの取り組んできた2種類のレーザーを使う測定技術を応用すれば、この限界が超えられるかもしれないというのだ。
 ほかの専門家たちの否定的な予想にもかかわらず、共同研究は実を結び、「2波長超解像蛍光顕微鏡」として発表された。現在は、メーカーが製品化に向けて検討を行っているという。
 「自分の領分じゃないから顕微鏡開発はあなたがやってください、ということもできたでしょう。でも、そういう話が来たら、まずは考えてみるんです」
 理系を目指す若者に向けて、「どんなに“たいしたことがない”と思っても、新発見を見逃さないことが大切」と書いたことがある。未知の世界を探索しようとするとき、自分の知識だけで価値判断してしまったら、チャンスを逃すということだろう。
 出会いを生かすことで、多くの成果を上げてきた。「やたらに気の多い研究者に見えるかもしれませんね」と笑う。現在も多彩な分野の研究者や企業との共同プロジェクトが研究室で同時進行中だ。
 研究者の生き方はさまざま。何十年もかけて1つの大テーマを探究するタイプもいる。藤井さんは縁を大切にしながらレーザー技術の進展とともに歩み、分光や分析の新しい方法を開拓していく役割を担った。
1「単一微粒子の履歴解析装置」に真空紫外線レーザーを導入するための実験。真空紫外線とは200nm(ナノメートル)以下の波長域の光で、いろいろな分子のイオン化に適している。2自動車排ガスの分析用に特化した装置。エンジン開発に使われる。3たんぱく質の構造解析に威力を発揮する波長可変中赤外レーザー。4開発中の超解像赤外線顕微鏡。5生体分子用レーザー蒸発分光装置。現在、神経伝達物質などの構造を解析中。

大気浮遊粒子状物質(SPM)の
発生源を解析できる装置

単一微粒子の履歴解析装置
単一微粒子の履歴解析装置
この装置のアイデアは、表面分析では一般的な二次イオン質量分析装置にREMPIを組み合わせ、感度を高めた点にある。面分解能は表面分析装置としては世界最高の40nm。2009年9月、環境省がSPMの環境基準の対象を、これまでの粒径10マイクロメートル以下から2.5マイクロメートル以下に改めたばかり。今後の本装置の活躍が期待される。
※撮影協力/(株)トヤマ(共同開発先)
「分光法のなかでも、私の扱ってきた共鳴多光子イオン化(REMPI)はレーザーと同じ色の分子が選択的にイオン化される現象で、高感度な分析技術として応用可能です」
 10年ほど前、REMPIで環境分析をやってみたいと考える研究者が数人の人づてに藤井さんを訪ねてきた。それまでは分光学の理学的な研究を本分とし、工学色の強い分析は自分の仕事ではないと考えていた。しかし、やって来た新日本製鐵の林俊一さんの熱意にほだされて、分析技術の研究に手を染める。これが後に、林さんを共同研究者に進行中のJSTのプロジェクト「収束イオンビーム/レーザーイオン化法による単一微粒子の履歴解析装置」へと発展する。
 プロジェクトでは、大気中に浮遊し、健康を脅かすとされるマイクロメートルサイズの微粒子(SPM)の履歴が解析できる装置を開発中。SPMは工場のばい煙や自動車の排出ガスなどに由来するとされ、浮遊中に生じる光化学反応によって毒性が増す場合もあり、国際的に規制の対象となっている。
 「従来の分析技術では、必要量の試料を集めるのに1週間以上かかり、SPM対策上求められる発生源や浮遊経路の特定は困難でした。私たちの装置は、感度が高いので短時間に集めた少量の試料で分析できます」
 新しい解析装置は、捉えた微粒子1個を電子顕微鏡で観察しながら、イオンビームを当てて表面を少しずつ削っていく。削りとられた分子にレーザーを当ててイオン化し、質量分析を行う。このとき、REMPIの原理で特定の分子を選択的にイオン化するので、感度が高くなる。また、削りながら調べるので、内部の成分分布がわかり、そこから履歴を割り出すことが可能になる。

レーザーという魔法の杖で
化学分析を変える

「子ども時代から、機械や電化製品をみると無性に分解してみたくなるんです。よく、ネジの一本一本まで徹底的に分解しては、元通りに組み立てたりしていました」
 機械をいじること自体が楽しかったが、そうすることで、外からはわからなかった仕組みがよく理解できるのもうれしかった。好きだった自転車の分解・修理の腕は、高校時代のアルバイトに役立った。
 大学3年の実習で見た美しい緑色の光に魅せられ、レーザー分光の研究室の扉を叩く。研究室は当時、日本ではいち早くREMPIに取り組み、世界に注目される成果を上げつつあった。そうした熱気に触れたことがその後の研究の方向性を決めたという。
 「レーザーは使い方次第で見えないものを照らし出す魔法の杖。現在の化学分析では、試料の前処理に時間と労力を要することが多いのですが、あらゆる分析がレーザーでできるようになれば、そんな作業はいっさい不要になる可能性があります」
 前述の解析装置は、そうした新しい化学分析を示唆する装置でもある。無機物と有機物の両方を同一の装置で分析でき、かつ、試料の前処理を必要としないからだ。すでに、この技術を材料開発などに利用するアイデアもあるという。藤井さんの好奇心がまた新たな出会いへ向かって旅立っていく。


研究の概要

市街地大気を浮遊する微粒子の中身を分析。
(工学院大学 坂本哲夫准教授との共同開発成果)

 SPMは呼吸器系に深く入り込み、ぜん息や心臓発作などのリスク要因になるとされ、粒径2.5マイクロメートル以下を対象に、大気中濃度を抑制すべく環境基準が定められている。これまで、一定期間内の平均的なSPM濃度や成分比については調べられていたが、粒子1個1個の成分や発生源、浮遊履歴まではわからなかった。そのため、具体的な対策には結びつきにくい場合があった。藤井さんらが開発しているのは、そうした解析を可能にする画期的な環境分析装置だ。粒子1個の内部にどのような成分がどのように分布しているか、マップを作成でき、そこから発生原や成長過程が推測できる。レーザーを当てると、光子のエネルギーと同じ励起エネルギー準位を持つ分子が選択的に複数の光子を吸収して、イオン化されるREMPIという現象が高感度化を実現する鍵だ。イオン化された分子は、電場中の飛行時間を計測することで、質量がわかる。レーザーの波長を変えれば、イオン化する分子の種類を変えられる。


TEXT:黒田達明/PHOTO:植田 俊