ようこそ 私の研究室へ29 「植物工場におけるスピーキング・プラント・アプローチで生育を担保した植物部位別温度制御システムの開発」研究代表者 仁科弘重

トマトを作る「知的植物工場」省エネルギーで高収量、高効率な新しい栽培システムを構築します。
PROFILE

仁科弘重 (にしな・ひろしげ)

愛媛大学 農学部生物資源学科 教授
1954年東京都生まれ。78年、東京大学農学部農業工学科卒業。80年、同大学大学院農学系研究科修士課程を修了し、同学部の助手となる。85年12月、農学博士(農業環境工学)。博士論文のテーマは「潜熱蓄熱方式による温室の太陽熱暖房に関する研究」。86年3月、愛媛大学農学部助教授に就任。91年頃、グリーンアメニティの研究を開始。98年より現職。2008年4月よりJST重点地域研究開発推進プログラム(育成研究)の代表研究者(〜2011年3月)

ITで環境を制御し毎日トマトを収穫する

仁科弘重
「この40年、野菜の自給率は低下し続けています。起こりうる世界的食糧危機に備えて手を打たねばなりません。1つの有効な解決策として知的植物工場を開発中です」
 仁科弘重さんの実験場であるトマト栽培の温室に案内された。高さ4.2m、面積約500m2。研究用としては国内最大級。アルコールで手を洗い、エアシャワーで全身の埃を落として入室。内部に虫や病気のもとを持ち込まず、無農薬で栽培するためだ。
 取材は6月の末、雨が降ったり止んだりするジメジメした陽気だったが、施設内は適度に涼しく心地よい。屋外の温度や風速、内部の温度、CO2濃度、日照量などを常時モニターし、コンピュータ制御で天窓や遮光カーテンが調整されているのだ。床面には暖房用の温水パイプも設置されている。
 栽培中のトマトは約1000本。長さ20mのロックウール(人造の鉱物繊維)の培地が12列、その上に高さ3mほどに伸びたトマトが整然と並び、葉を茂らせ、緑の壁を作っている。培地にスポイトで養液が必要量だけ自動供給される点滴栽培だ。
 「環境さえ調節すれば、トマトは10カ月で15mくらいまで伸びます。その間、先端から2mほどを残して、根側の葉や側枝を取っておけば、先端付近で繰り返し結実して30回くらい収穫できます」
 このような栽培施設は、人工光で栽培する完全制御型植物工場に対して、太陽光利用型植物工場と呼ばれる。だが、ハイテク化したハウス栽培とはどこが違うのか。
 「1つは規模の違いです。すでに日本にはこの施設の20倍以上あるha(ヘクタール)規模の植物工場が10以上稼働しています。また、生産物が均一になるよう管理され、運営形態も第二次産業的です。毎日収穫できるように栽培のタイミングが調整され、週5日、通勤する従業員により作業が担われています。家族経営の農家の多くが後継者を見出せず、耕作放棄地が増加するなかで、こうした新しい生産システムに期待したいのですが、なかなか普及していません」

1培地全体は地表から60cmの高さに吊されていて、屈まずに作業できる。2床面には暖房用パイプが走る。3培地のロックウール。4培地の下には根圏の温度制御用パイプが埋め込まれている。5トマトの支柱にはロープを使い、先端はフックで移動できる。6細霧の噴出。

収穫量アップと省エネルギーで植物工場の普及を推進

写真
温室に隣接する部屋では、温室内外の環境測定値と天窓の開閉などの運転内容が自動記録されている。

知的植物工場の外観写真
知的植物工場の外観。小さな三角屋根を連ねた構造はフェンロー型と呼ばれるオランダ式。採光がよく、太陽光利用型植物工場では一般的に採用されている。
「植物工場の栽培面積当たりのトマトの収量はハウス栽培の2〜3倍ですが、それでもオランダの標準量の半分。収量アップのためにやれることがいろいろあります」
 前段で紹介した内容は、すでに世の中で稼働している植物工場が備えている設備だ。「知的植物工場」を掲げる仁科さんの研究用施設では、さらに進んだ栽培技術の開発に取り組む。複数の研究が進行するなかで、JST育成研究プロジェクトでは、収量アップとエネルギー消費削減を掲げる。
 「太陽光利用型植物工場であっても、収穫が最大になる5月、6月に比べて夏期や冬期には収量が落ちます。暑すぎたり寒すぎたりして生育障害が生じているためです。施設内全体の温度を適切に制御することは実際には難しく、やろうとすればコストが膨らみ採算が合わなくなるでしょう」
 そこで考えたのが、植物の生長に重要な根っこと生長点付近のみに絞って温度を制御する技術の開発だ。根圏は培地の下にパイプを設置し、冷水・温水を流して温度調節。生長点付近は、周囲をビニールで囲い、パイプを通して冷暖房。また、細霧(ミスト)を葉に吹きかけて、気化熱で冷却する。
 「根圏と生長点付近さえ20℃に保てれば、生育障害が回避でき、収量10%アップが見込めると予想しています。また、他の部分は12℃まで下がっても構わないとして試算すると、冷暖房に消費するエネルギーが50%削減できることになります」
 まさに一石二鳥だが、派生して、さらなる効果も生まれる。植物工場の普及を妨げている原因の1つは必要な初期投資の大きさにある。1ha以上の規模でなければ採算が合わないのだ。しかし、開発中の技術が確立すれば、0.4haでも事業化が可能になり、かなり参入しやすくなるという。

工学者の視点で農業の発展を支援する

「2つの部位の温度だけを最適化する場合、植物全体がちゃんと生育しているかモニターできれば安心です。そこで導入するのが愛媛大学発のSPAという手法です」
 SPAはスピーキング・プラント・アプローチの略。「喋る植物」とは不思議な表現だが、要するに、植物の生理状態を非破壊的に計測して、診断を下し、栽培に生かそうという考え方だ。具体的には、光合成の能力を光学的に計測したり、葉の萎れ具合を画像診断したりする。こうした計測を行いながら、施設内を自律走行するロボットの開発は、別のプロジェクトで進行中だ。
 意外にも、仁科さん自身は農業や植物に特別な思い入れはないという。「自分で栽培しているわけではありませんから」とクールだ。学生時代、温室用の省エネ技術の開発に取り組んだのを皮切りに、工学者の視点で新しい栽培環境技術を提案してきた。
 ところで、知的植物工場で作ったトマトは美味しいのだろうか? 尋ねてみると、苦笑いで答えた。「学内で配ったら美味しいと評判で、実験なのにもう不味いものは作れないとプレッシャーになっています」


研究の概要
システム図
植物の部位別に温度制御を行ない栽培。上図は夏期高温時のシステム。

 現在稼働中のトマトを生産する太陽光利用型植物工場では、夏期は高温、冬期は低温による生育障害が生じ、収穫量が落ち込んでいる。または、夏期の2カ月間はトマトを撤去してしまう作型も多く採用されている。一方、冷暖房に消費するエネルギーは極力抑制することが経営上、および環境負荷の観点からも求められる。仁科さんらはこの問題を解決するため、栽培する植物の生長において重要な生長点と根圏付近を重点的に温度制御するシステムの開発に取り組んでいる。これにより、収穫量アップと省エネルギーを目指す。
 しかし、こうした部位温度制御による栽培は過去に報告例がない。そこで、SPAの手法で植物の生育状態をモニターしながら、最適な制御を探る。さらに、環境と生育・収穫量に関するデータを蓄積し、植物工場の運営を支援する知識データベースの構築を目指す。トマト栽培に用いる養液に関しては、循環させて再利用する仕組みを構築し、環境を汚染しない排出量ゼロのシステムとする。


TEXT:黒田達明/PHOTO:大沼寛行