ようこそ 私の研究室へ28 「オイル産生緑藻類Botryococcus(ボトリオコッカス)高アルカリ株の高度利用技術」研究代表者 渡邉信

藻類の力でCO2排出量削減を実現する 藻類のオイル生産効率を一桁向上し、実用化への道を拓きます。
PROFILE

渡邉信 (わたなべ・まこと)

筑波大学大学院生命環境科学研究科 教授
1948年、宮城県生まれ。71年、東北大学理学部生物学科卒業。77年、北海道大学大学院理学研究科博士課程を修了し、富山大学薬学部助手を経て、環境庁国立公害研究所研究員。83年、同研究所主任研究員。90年、改組により国立環境研究所となる。室長。92年より筑波大学大学院生物科学研究科教授を併任(〜2001年)。97年、環境研生物圏環境部長。2001年、改組により独立行政法人国立環境研究所となる。生物研究領域長。2006年より現職。08年10月よりCREST研究代表者。

生命あふれる地球環境を作った藻類に惚れ込む

「藻類を専門に30年以上、研究しています。分類系統学が中心でしたが、絶滅危惧種の保全や、湖沼に発生し水質を汚染するアオコの対策などにも取り組んでいます」
 海、湖や川などの水域に生育し、ときには大繁殖して水の色を変色させたり、海岸をおおいつくしたりするものの正体が藻類だ。大まかにいえば、水の中の植物で、細菌の仲間の藍藻からワカメのような海藻まで含まれる。そんなものの種類を分類するなんて地味な研究だ、などと思ってしまった人は、渡邉信さんの次の言葉を拝聴しよう。
 「今日の地球上の多様な生物の繁栄は、30億年前に藍藻が光合成を始めなければありえませんでした。藍藻の繁殖が地球環境を劇的に変え、酸素を呼吸する生物の生存を可能にしたんです。現在でも、大気中の酸素の半分は藻類が生産しています」
 渡邉さんは大学院の受験勉強中にこのことを知り、藍藻の研究を志した。そして当時、藻類研究のメッカだった北海道大学の大学院に入学。小樽や釧路の海へ出かけていっては、胴付きゴム長を着て海に入り、藍藻の採集に熱中した。海が荒れて仲間が引き揚げても、1人夢中で作業を続けたこともある。
 「あのときは、移動用ボートが流されて漁船に回収されたんです。壊れた空のボートを見て心配したみんなに、後で酷く叱られました」

地球温暖化問題の解決には藻類の力を借りろ

「2004年からは、油を産出する緑藻を利用して、バイオ燃料を量産する研究を始めました。現在の中東の石油も1億年以上前の藻類が変性してできたものなんです」
  地球温暖化の抑制手段として、バイオ燃料に社会的関心が集まっている。利用が進んでいるのは、トウモロコシやサトウキビを原料にするバイオエタノールだ。しかし、需要が大きくなると、食糧作物と耕作面積を奪い合う事態が発生した。
 ここに、栽培の場所を選ばず、毎日オイルを採取できる植物がある。もちろん、藻類のこと。2、3年前から、次世代バイオ燃料として注目の的だ。アメリカでは事業化を目論むベンチャー企業が続々登場。航空会社も燃料として利用する実験を始めた。
 じつは、藻類バイオ燃料の研究は1970年代まで遡る。日本でもかつて大型の研究開発プロジェクトが存在した。ところが、実用化に漕ぎ着けることなく終息してしまった。
 「藻類学者として、放っておけないと思いました」−研究の経緯を語る声に熱がこもる。「藻類にはとてつもないポテンシャルがあるからです。単位面積当たりのオイルの収量で比較した場合、トウモロコシの700倍の生産が可能といわれています」
 なぜ、過去の研究は実らなかったのか。代替エネルギー開発では、しばしば障害になることだが、実用化のネックは、既存の燃料に対して生産コストが高くなることだ。「価格で石油と勝負できる見通しが立たないと、産業界はなかなか腰を上げてくれません。そうしたこともあり、これまでは学問的な研究に留まってしまっていました」
 そこで、2008年からCREST研究を立ち上げる際には、培養からオイルの採取・精製に至る過程のコストを試算し、1つの明確な目標を打ち立てた。
 「藻類のオイル生産効率を1桁向上させる。そうすれば、あとは経済的な量産システムをどう設計するか、といった産業界が取り組みやすい課題が残るだけ。それさえクリアできれば、十分に市場で競えるディーゼル油が生産できるはずです」

藻類を知り尽くした男が切り拓く実用化への道筋

「まず、実験室で生産効率を1桁向上させ、次に屋外プラントで実現することで、大量生産への道筋を示します。優れた藻類の株を見つけることが最初の鍵になります」
  室内の試験管・フラスコレベルの研究は目標に向かって順調に進んでいる。オイルを産生することで知られる緑藻類のボトリオコッカスを内外144の湖沼から採集し、オイル含有量と増殖速度の2点で優れた株を発見したのだ。しかも、CO2のよく溶けるアルカリ性の培養液でも培養可能な株だという。
 採集場所は、東京大学の三四郎池から石垣島のダム湖まで、と多彩。少人数の研究チームでどうやって採集場所を探したのか。
 「“藻類オタク”のカンですよ。長年フィールドワークをしてきていますから」。笑う渡邉さんの顔が、かつて昆虫を追いかけていた少年の表情になった。
 現在は、実験室内では増殖やオイル産生のための最適条件を把握することや、より高い増殖・オイル産生能を持つよう品種改良を進めている。また、屋外には試験プラントを設け、室内で得られた結果の実現に取り組む。実験室では光量や温度、栄養分を完全に制御できるが、屋外のデモプラントとなると、そうはいかない。「オープンな環境では、雑菌の繁殖が問題になります。そこで、密閉した容器を戸外に置いて、1トン程度の培養から始めます」
 キャンパスの片隅に建てたビニールハウスに案内してくれた。直径1.5mほどのドーム型の透明な容器が中に設置されている。まもなくこれを使った本格的な培養実験が始まるという。
 「もっと大きなプラントの準備も進行しています。日本には約30万ヘクタールの耕作放棄地があるそうですが、それをみんな藻類バイオ燃料生産に使えば、将来、日本が燃料輸出国になることだって可能です」
ドーム型フォトバイオリアクター 準備中の新しい実験室
ビニールハウス(右)の中に設置された屋外培養実験用のドーム型フォトバイオリアクター(左)。入れ子になった透明な2つの半球の間の空間に1トン近い培養液と藻類が注入される予定。 追加の研究費が認められたので、現在、新しい実験室を立ち上げている。ここでは藻類が産生したオイルの分析が行われる予定。

▼産生するオイルの種類が違う数種類の有望な株について、最適な培養条件を探る実験が行われている。「同じボトリオコッカスでもそれぞれ顔つきが違うでしょ?」


研究の概要
集積型センサを用いた人体活動管理システム
ボトリオコッカス。産生したオイルを体の外側に蓄えるのが特徴。
右の写真は蛍光顕微鏡で観察したもの。赤色部分が細胞で、黄色部分がオイル。

 藻類によるバイオ燃料生産が、大気中のCO2削減に貢献する次世代技術として注目されているが、現状では石油に比べて生産コストが高く、実用化にはほど遠い。そこで、藻類のオイル生産効率を1桁向上させ、産業界が量産プラント開発に投資できる素地を作ることを目指す。渡邉さんらはこれまでの研究で、利用価値の高い軽質油とほぼ同じ成分を、純度高く大量に産生する緑藻ボトリオコッカスに注目し、その種のなかでも、特に生産効率の優れた高アルカリ性環境下生育株を発見している。現在、これらの株を用いた研究が3グループに分かれて進行中。生物グループは、発見した株の品種改良技術の開発や、さらに効率のよい新規種・株の探索に取り組む。化学グループは、藻類からのオイルの抽出・精製方法や副産物の活用方法を探る。工学グループは、実験室での効率を屋外プラントで再現することに取り組む。産業排水を培養液として利用する方法など、すでに、実用化に向けた取り組みも企業と共同で始められている。


TEXT:黒田達明/PHOTO:今井 卓