ようこそ 私の研究室へ23 「ハンディー型全反射蛍光X線元素センサー」チームリーダー 河合潤

化学分析法の常識を破れ!手軽な測定装置で巨大放射光施設の測定感度に挑戦します。
PROFILE

河合潤 (かわい・じゅん)

京都大学大学院工学研究科教授
1957年岐阜県生まれ。82年、東京大学工学部工業化学科を卒業。86年、同大学大学院工学系研究科博士課程を中退し、東京大学生産技術研究所教務技官。89年、工学博士。同年、同研究所助手を経て、理化学研究所基礎科学特別研究員(第1期生)となる。93年、京都大学工学部助手。94年、同大学工学部助教授に就任。2001年より現職(材料工学専攻プロセス設計学分野)。07年10月より先端計測分析技術・機器開発事業チームリーダー(〜2010年3月)

ポンコツ装置で世界一のデータを出す。

「化学分析の新しい手法や測定装置の開発に取り組んでいます。既存の装置を改造したり、新しい使い方を探したり、これまでにない装置を組み立てたりしています」
 「ここにある装置は、1つを除いて全部、もらってきたものです」
 実験室に入った河合潤さんは開口一番、愉快そうに語る。見渡せば、どれも年季の入った機械ばかり。科学の最先端の現場に来たのに、タイムスリップした気分だ。
 「これなんか、ふつう廃棄モノですが、たぶん世界で一番いいデータを出しています」という79年製のX線分光器。装置の開発が本業だから、最新の装置を買って使うことに関心はない。
 小学生の頃から、化学実験や電気工作が大好きだった。「とにかく学校から帰ると部屋にこもりっきりで工作したり、実験したりの毎日。勉強はぜんぜんしなかったですね」。分解した電池から二酸化マンガンを取り出し、オキシドールを注いで酸素を発生させたり、電気部品を扱う店に通い、真空管でラジオを作った。強力なUHFの発振器を作って、近所のテレビの受信を妨げ、怒鳴り込まれたこともある。
 大学4年生になり工業化学の研究室に配属されたとき、実験器具や測定装置を前に、「これで好きなことがなんでもできる」と嬉しくて仕方がなかった。河合研究室では、学生たちの研究は基本的に放任だ。「院生が実験室で怪しげな機械を組み立てているんですが、なんでしょう。よくわかりません」などと言う。研究は失敗も含めて楽しみながらやるもの――いまの学生にもそれを体験してもらいたいと望んでいる。


逆風に耐えてこそ独創的アイデアはものになる。

「専門はX線を使った分析技術の開発です。研究自体はとても楽しいのですが、アイデアを育て、技術として世に送り出すまでには、多くの人間的な苦労をともないます」
 X線といえばレントゲン写真だが、物質にX線を当てることでいろいろなことが調べられる。結晶に当てて、回折するX線を観測すると結晶構造がわかる。物質が吸収するX線のスペクトル(エネルギー分布)や吸収することで物質が放射する蛍光X線や電子からは、物質に含まれる元素の種類や濃度などがわかる。
 こうしたX線分析や解析を行う装置は用途によって、手持ちサイズの簡便なものから数百メートル規模の放射光施設まで、大小さまざまだ。河合さんは博士研究員時代に、それまで放射光施設で行われることの多かったある分析を、実験室に収まる既存の装置を活用して行う手法を思いつく。「徹夜明けのもうろうとした頭で、測定データを眺めていて、ふと思いついたんです」
 ところが技術として確立するのに10年を要する。最初はアイデアの価値をなかなか認めてもらえず、研究費を獲得できないことが かせ となった。周囲の援助でようやく実験ができたので、論文を投稿すると、今度は学術誌の査読者に拒否される。発表にこぎ着けるために、違う雑誌に投稿し直すこと数度。「独創的な論文ほど拒否される傾向がありますから、頑張って公表しておかなければいけません」。開発した技術は、特定の元素の試料中での化学状態を調べる方法で、現在はEXEFS法として知られる。
 こうした苦労を経て世に送り出した新しい分析技術や装置がいくつもある。

新しい技術は非常識から生まれる。

「現在、JSTのプロジェクトで超微量有害元素分析装置を開発中ですが、アタッシュケースに収まるサイズで、放射光施設並みの検出下限を目指しています」
 開発中の装置は、試料にX線を照射して、含有する微量元素の種類や濃度を調べるもの。用途は、工業材料の検査や環境汚染調査、科学捜査など幅広い。簡便に扱える小型な分析機器を開発すれば、多くのシーンで潜在的な需要に応えることができそうだ。
 この分析ではX線のパワーが強いほど感度が高まるとされ、超微量の元素の分析には、放射光施設が利用されてきた。一方、河合さんらはB4サイズの書類カバンの大きさの装置で、超高感度を目指す。すでに特定の試料に対しては、放射光施設にこそ及ばないが、市販の分析機器を上まわる感度を実現。「市販の装置を導入する場合、実験室にダクトを据え付けるなどの工事を要しますが、僕らの開発した、ごく弱いX線を使う装置には不要で、手軽に使えます」
 ブレイクスルーをもたらしたのは3つの“非常識”だ。検出下限を下げるためには、X線のパワーが強いほどよい、試料は多いほどよいとされてきた。ところが実際には、パワーがごく弱く、試料が少ない条件で検出下限を下げる最適解が存在することがわかった。さらに、高感度化のためには、余計なX線の波長を除き単色化するのが定説だったが、微弱なX線を照射するときには、単色化しない方がよいことも発見。
 「常識は役に立たないと思った方がいい。理屈よりも直感でやった方がうまくいく」
 囚われない発想で、人々の見落としてきた現象を発掘する河合さんの研究は続く。


研究の概要
ハンディー型超微量有害元素分析装置の試作機。
ハンディー型超微量有害元素分析装置の試作機。本体ボディは鉄製。工業デザイナーによるデザイン。

 理科の時間に習った原子の構造を思い出して欲しい。原子核が中心にあり、その周りを各電子がそれぞれに固有のエネルギー準位を占めて巡っている。そこへX線を照射すると、X線を吸収してエネルギーを得た電子が原子から放出。すると、その電子が占めていたエネルギー準位に空席ができ、より高いエネルギー準位の電子がそれを埋める。このとき、電子がエネルギー準位の差分を蛍光X線として放出。したがって、蛍光X線のスペクトルを詳細に調べれば、原子のエネルギー準位がわかり、元素の判別ができる。これが蛍光X線による微量元素分析の原理。
 河合さんの開発したハンディー型の試作機は、すでに特定の試料に対して数十pg(ピコグラム。1兆分の1グラム)の検出下限を実現。fg(フェムトピコグラム。千分の1pg)といわれる放射光施設の検出下限には及ばないが、市販の分析機器とは互角だ。現在は、一般的な試料に対して高感度を実現するように改良中。

TEXT:黒田達明/PHOTO:大沼寛行/パース:意匠計画