Close up 「地球規模課題対応国際科学技術協力事業」がスタート 地球規模課題の解決のために。


急増するザンビアの結核患者を救いたい!

結核と聞くと、すでに過去の病気と思う人が多いかもしれない。しかし、実際は今も年間約900万人もの新しい患者が生まれ、約170万人が亡くなっている。そんな現状を憂う一人の研究者の志が、アフリカを舞台に実ろうとしている。
鈴木 定彦(すずき・やすひこ)
1981年、静岡大学理学部卒。大阪大学大学院医科学研究科博士課程終了。医学博士。鳥取大学医学部基礎病態医学講座感染制御学分野助教授などを経て、現在は北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター教授(国際疫学部門)。主に結核の研究をテーマとしている。

アフリカに出された結核蔓延非常事態宣言。

 2005年8月、世界保健機関(WHO)がアフリカにおける結核の蔓延に関する「非常事態宣言」を発表した。アフリカの人口は世界総人口の約1割だが、結核感染者数・死亡者数の約4分の1を占めている。原因はAIDSの流行。AIDS患者は免疫力が弱っているため結核にかかりやすく、そこからほかの人たちへも感染が広がってしまうのだ。宣言から3年経った今も、状況は大きく変わっていない。
 地球規模課題対応国際科学技術協力事業の研究課題として採択された「結核及びトリパノソーマ症の新規診断法・治療法の開発」は、アフリカ南部で、ツェツェバエを媒介として感染するトリパノソーマ症とともに、結核の蔓延防止に取り組んでいくものだ。研究代表者の鈴木定彦・北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター教授を中心に、鳥取大学、ザンビア保健省、ザンビア大学と共同研究を進めていく。

「100円キット」を有効に活用するために。


今年8月に鈴木教授はザンビアを訪問(下写真も)。現地の研究者と交流し、検査方法のレクチャーなども行った。

 20年以上、結核の研究に取り組み続けている鈴木教授は、結核の治療にはまず、早期発見が大切だと語る。しかし、アフリカではそこにハードルがある。
 「日本で行われている診断は、約5000円かかります。これではアフリカの人たちには高すぎます。そこで開発したのが『100円キット』です」
 検査薬メーカーの「栄研化学」が開発した検査法を応用したもので、患者の痰を採取できれば、1時間ほどで結核菌の有無がわかるため、早期発見の大きな武器になる。100円ならアフリカでも十分に広めることが可能だ。
 早期発見のほかにもう一つ、治療のために欠かせないのが、「多剤耐性菌」を作らないことだ。
 「結核は、菌の種類によって効果のある薬が違います。例えば4種類の薬剤を投与したとしても、感染した菌がそのうちの2種類に対して耐性を持っていたとすると、投与し続けるうちに残りの2種類に対しても耐性が生まれてしまうのです。だから、感染した菌にどの薬が効くかを、早急に検査する必要があります」
 鈴木教授は、この問題を解決するため、大量のDNAを一度に解析できるDNAチップを使った検査法を開発した。ただし、まだ1回の検査に2000円以上の費用がかかるため、改良の必要がある。
 北海道大学はザンビアとの関係が深く、今年8月にはザンビア大学サモラ・マシェル獣医学部内に、生物災害安全対策レベル3の実験(BSL-3)施設が完成。人獣共通感染症リサーチセンターのザンビア拠点として、共同研究を行う素地は整っている。ここまで環境が整っていれば、すぐにザンビアでの結核研究に生かせるように思われるが、そう簡単にはいかない。
 「いくら検査法を開発しても、それが普及しなければ意味がありません。大切なのは、ザンビアの人たちが検査を正しく行えるようになることです」
 鈴木教授自身、8月にザンビアを訪れた際、医療関係者に向けて検査方法のレクチャーを行った。検査自体は、ピペットを使えばできる簡単なものだ。しかし、こうした検査に慣れていないことや、日本と比べて基礎技術の習得の遅れなどから、失敗する人が相次いだ。ザンビアまでは飛行機で約30時間もかかるから、頻繁に現地を訪れて指導することはできない。このままでは、せっかくのキットも宝の持ち腐れになってしまう。
 そんな心配があるからこそ、鈴木教授は今回の事業に大きな期待を寄せている。
 「現地の研究機関で研究費を使用できるので、しっかりとした体制が組めれば、ザンビアの人たちの手で検査方法の普及活動を行ってもらうことも可能です。これなら、私たちは日本で安心して研究に打ち込むことができます」
 検査法の開発と普及という両輪がそろってこそ、治療への道を切り拓いていける。さらに鈴木教授が喜ばしく感じるのは、BSL-3施設の完成を機に、周辺のアフリカ諸国では、ザンビアを拠点としたネットワークを築こうという機運が高まってきていることだ。
 「日本でいくら踏ん張っても、アフリカでの蔓延を止めなければ結核は根絶できません。今回の研究をきっかけにアフリカ諸国で結核治療が進めば、大きな前進といえます。そのためにも、5年間の研究期間の後、どのようにして持続させていくかを考えることが大切です」


結核早期診断のための「100円キット」
カセイソーダで溶かした痰の溶液を遠心分離し、沈殿したものに試薬を加えて64℃で1時間置いて、蛍光を発すれば陽性(写真左)。高校の生物の実験程度の簡単な操作で診断できる。

日本でも年間約2200人が結核で命を落としている。

 結核は、日本でも根絶できてはいない。年間約2万5000人の患者が新しく生まれ、約2200人が亡くなっている。感染率は10万人中20人前後で、依然として中蔓延国として位置づけられている。
 アフリカなどでの蔓延が続けば、海外旅行者などを通じて、日本に流入しないとも限らない。また、以前結核に感染した人の体内に隠れていた結核菌が、体調が悪い時などに体外に出て、結核の免疫を持たない若者たちに感染するといったケースも考えられるという。
 それなのに、医療関係者の間でも結核に対する危機意識が薄いため、レントゲンを見ても結核と診断できない医師も増えてきているというのだ。結核の研究そのものも、鈴木教授が研究を始めた頃と比べ、下火になっている。鈴木教授は熱のこもった口調で何度もこう繰り返していた。
 「結核は、日本でも決して終わった病気ではないんです。そのためにも、今、アフリカでの蔓延を食い止めなければ」
 結核という地球規模課題の解決は、私たちの身を守ることにもつながるのだ。

TEXT:十枝慶二/PHOTO:大沼寛行