JST News Vol.5/No.8
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科学技術振興機構の最近のニュースから……
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増本健が語る「技術移転」の50年
大学などの研究成果を企業へと橋渡しするJSTの「技術移転」事業が、今年で50周年を迎える。
アモルファス金属を中心に、この事業に深くかかわってきた先駆者の言葉から、技術移転の意義を改めてかみしめたい。
Topics 01
統合失調症マウスの脳に未成熟な部分を発見
Topics02
平成20年度中学校理科教師実態調査の集計結果より
冨田 勝 慶應義塾大学 先端生命科学研究所 所長/環境情報学部 教授
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私たちの食卓と海洋生物

トウモロコシからの革命

バーバラ・マクリントック [1983年ノーベル医学生理学賞]

 科学上の新理論や発見が広く認められるまでには時間がかかる。多くの追試や検証によって、疑問の余地なく証明されなければならないからである。例えば今年のノーベル物理学賞に輝いた素粒子論の小林誠・益川敏英両氏による「小林・益川理論」は35年前に発表されたものだし、同じく南部陽一郎氏の「対称性の自発的破れ」の提唱は50年前、さらに化学賞を受賞した下村脩氏の「蛍光たんぱく質」の発見も50年近く前にまでさかのぼるのである。
 1983年にノーベル医学生理学賞を受賞したアメリカの細胞遺伝学者、バーバラ・マクリントック(Barbara McClintock:1902〜92)の場合もまた、「動く遺伝子」を発見した1940年代半ばから受賞までにはほぼ40年かかった。経過した時間だけをいえば一番長いわけではないが、しかし劇的という意味では一、二を争うだろう。というのも、前半のほぼ20年の無理解と黙殺を後半20年に“大逆転”しての受賞だったからである。
 彼女が発見したのは、トウモロコシ細胞内の染色体上で位置を変える遺伝子(転移因子、トランスポゾン)である。この遺伝子が動き回り調節することによって「斑入り現象」などの突然変異が起こると、彼女は1950年代初頭に主張したのだった。ところが、当時はだれもがゲノム(細胞核内にある染色体のセット)は安定したものと考えていた。だから、遺伝子が動き回るという革命的ともいえる考えはまったく理解されず、受け容れられず、したがって黙殺された。その急先鋒は、最先端の分野として当時日の出の勢いだった分子生物学の学者たちである。彼らにとっては、細胞遺伝学といういわば“古臭い分野”からの鬼面人を驚かすような主張は、小癪なものと映ったにちがいない。
 ところが1960年代後半、ほかならぬその分子生物学の技術の進歩により、トウモロコシ以外のさまざまな生物の細胞からも転移因子が続々と発見された。これにより、ゲノムは静的なものではなく動的かつ可塑的であることが証明されたのである。要するに、20年たってようやく、彼女の洞察に現実が追いついたわけだ。大逆転である。
 しかし、そんな推移にも、マクリントックは恬淡としていた。若くして研究を志した彼女は、ロングアイランドの研究所で50年近く、トウモロコシを育て、その細胞を顕微鏡で観察するという日々を淡々と過ごした。結婚はせず、見ようによってはチャーミングであるにもかかわらず、化粧にも、「トルソーを飾りたてること」*にもまったく興味を示さない、研究一筋の人生だった。
*エブリン・F・ケラー『動く遺伝子』(石館三枝子・石館康平訳)晶文社 1987 による
(文・西田節夫)