科学技術振興機構(JST)の最近のニュースから……
(News03 研究成果)量子通信・量子計算の新しいノイズキャンセリング手法を開発。「量子もつれ」光子対の自然雑音のもとでの配信実験に成功。

量子情報処理実用化の道への大きな一歩。

【量子もつれ】電子や光子などの粒子が影響を及ぼし合う状態のこと。例えば、1対の光子が量子もつれ状態にあると、何百km離れていても、片方の状態が変われば、それに応じてもう一方の状態も変わる。ある物質が瞬間移動したように見える「量子テレポーテーション」につながるもので、高速演算、セキュリティなど、量子情報処理のさまざまな応用において重要な役割を果たす。

 「量子」は、これまでの科学の常識を超え、さまざまな可能性を秘めた概念として期待されています。なかでも重要な研究対象である「量子もつれ」状態を安定して生み出す実験に成功したのが、JST戦略的創造研究推進事業CREST(チーム型研究)の研究課題「光子を用いた量子演算処理新機能の開拓」(研究代表者=井元信之・大阪大学大学院基礎工学研究科教授)の研究成果です。
 科学技術の進歩によって見えてきた極小の世界では、「電子がエネルギーの壁を越えて外に出る」など、ニュートン以来の古典力学では説明できない、さまざまな現象が起きています。それらを説明する概念として注目され、認められてきたのが「量子」です。
 この概念を生かせば、まったく新しい科学技術の開発も夢ではありません。2000年に、アメリカのクリントン大統領の諮問機関が、「角砂糖1個に国会図書館の全情報を書き込める」という言葉で表現した量子コンピュータは、その代表といえるでしょう。そうした量子の開く新しい可能性を探る研究が、今、世界中で進められています。
 なかでも注目を集めている研究対象が、「量子もつれ」状態です。遠く離れた1対の粒子が互いに影響を及ぼし合う――そんなことが実際に起きているのか、まだ量子論自体が生まれたばかりだった20世紀前半から、アインシュタインをはじめとする多くの科学者たちによって議論されましたが、その後、さまざまな実験によって、その理論は実証されています。
 量子もつれ状態を安定して作りだせれば、情報を瞬間的に伝える「量子テレポーテーション」などの量子情報処理技術へとつながり、盗聴や書き換えの恐れがなく情報をやりとりする究極の暗号通信や、これまで不可能とされていた複雑な計算をこなす量子コンピュータなどの実現に一歩近づくといわれています。
 ただし、量子もつれの実用化に向けては、解決すべき課題が少なくありません。なかでも大きな課題は、量子もつれ状態が環境の影響を受けやすいことです。例えば、もつれた状態の光子対の一方を光ファイバーを通じて送信すると、発生するノイズの影響で状態は壊れてしまいます。そこで、こうしたノイズに影響されずに量子もつれ状態を維持する研究が進められた結果、量子には、雑音に強い「デコヒーレンスフリー部分空間(DFS)」と呼ばれる状態があることがわかってきました。
 井元教授らは、ある光子をほかの光子と一緒にして量子パリティゲートと呼ばれる量子演算を行うと、DFSの量子状態になることに気づきました。そこで、もつれた状態の光子対の一方を、補助光子と一緒に光ファイバーを通して送信し、受信した側で量子パリティゲートに入力する装置を開発。実験を行ったところ、受信した側で抽出された光子は、光ファイバー中のノイズによって乱されることなく、もつれた状態を保っていることが確認されたのです。ノイズを避けられない現実の環境でも、量子もつれ状態にある光子対を安定して供給する方法が開発されたことは、量子情報処理実用化の道への大きな一歩といえます。
 天動説が常識と思われた時代に、ガリレオらが唱えた地動説はなかなか受け入れられませんでした。量子もまた、従来の常識にとらえられた頭には、すんなりと受け入れがたいものです。しかし、今回の成果のように、量子に関する研究が一歩、一歩と着実に前に進んでいった先に、誰もが量子という概念を当たり前のように受け入れ、そこから生まれた革新的な科学技術の恩恵にあずかる社会が実現するのでしょう。

実験装置
実験装置実験装置実験装置
量子もつれ状態にある光子対の一方を、補助光子と一緒に送信することで、光ファイバーによる雑音の影響を受けず、量子もつれ状態を保つことができました。