JST News Vol.5/No.7
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科学技術振興機構の最近のニュースから……
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「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」研究領域の研究事例から
脳のはたらきの謎に、「発達」と「学習」というキーワードから迫る、
戦略的創造研究推進事業CRESTの研究領域「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」。
そこから見えてきた脳の姿を、ふたつの研究事例から紹介しよう。
Topics 01
科学技術連携施策群「次世代ロボット共通プラットフォーム技術の確立」より
Topics02
日本科学未来館常設展示[地球環境エリア]リニューアルの舞台裏
西田 佳史 産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究センター人間行動理解チーム長
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超多時間と一席

朝永振一郎 [1965年ノーベル物理学賞]

 朝永振一郎(1906〜79)は、湯川秀樹(1907〜81)につづく日本人で2番目のノーベル賞受賞者で、部門も同じ物理学賞である(湯川・1949年、朝永・1965年受賞)。ところが、二人に共通するのはそればかりではない。どちらも京大教授の子であり、京都一中では朝永が一級上だったが、三高では同級になり、ともに京大に進み、しかも同じ理論物理、それも新興の量子力学を専攻と、おそろしいまでに同じ道を歩んでいるのである。
 もっとも、一般的知名度において朝永は湯川にはるかに及ばないが、その理由の一つは、彼らの業績の分かりやすさの違いにある。
 湯川の場合は、未知の素粒子(中間子)の存在を理論的に“予言”し、それが見事に“発見”されたのがノーベル賞の授賞理由で、なるほど、はっきりしていて分かりやすい。これに対して朝永の授賞理由は、「素粒子物理学における量子電磁力学の基礎的研究」である。具体的には、まず「超多時間理論」(super-many-time theory)の定式化。これは「量子論においては、空間内の各点ごとに異なった時間が与えられていると解釈できる」というものだが、詳細は略さざるを得ない。さらによく知られているのは「くりこみ理論」(renormalization theory)。量子論においては、例えば電子のエネルギーを計算しようとすると、理論上は必ず無限大が出てきて解が得られない。そこで、理論で無限大が出てくる項に、電子の電荷と質量の実験値を代入する(くりこむ)と、有限で確定した解が得られるというものだが、これも詳細は略す。略さざるを得ない。いずれにせよ、これらの理論は量子電磁力学に寄与するところ絶大であって、そのため、それぞれ独立して同じ理論に到達したジュリアン・シュウィンガー、リチャード・ファインマンとともに、朝永はノーベル賞に輝いたのであった。
 ところで、人としての肌合いも、湯川と朝永とでは対照的である。湯川は哲学者であり詩人であり、偉大なる独行者だった。一方朝永は、哲学者の息子だったにもかかわらず、深遠な思索に沈潜するより合理的な解決を求める科学の職人であり、洒脱なエッセイや平易な物理の啓蒙書を書き、多くの後継者を育てた天性の啓蒙家・教育者であり、そして落語が好きで寄席に通いつめ、しまいには人前で一席お伺いしてしまうという、何とも普通で愛すべき叔父さんであり、偉大さを忘れてしまうような偉人なのである。
(文・西田節夫)