Topics01 ダチョウ抗体の可能性。鳥インフルエンザ防御用素材の開発で大学発ベンチャー企業を設立
従来の技術では、免疫機構が作りだす抗体は、生産量が少なく、コストも高かった。独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進により、ダチョウを用いて、低コストで大量に抗体を生産できるようになった。

鶏卵の30倍の卵に注目しダチョウを用いた抗体生産を考案。

ダチョウのおかげで低コストの抗体生産が可能になりました。/塚本康浩(つかもと・やすひろ)
1968年、京都府生まれ。1994年、大阪府立大学農学部獣医学科卒業。1999年、同大学大学院農学生命科学研究科博士課程を修了し、同研究科の助手に就任。家禽のウイルス感染症の研究に着手する。2008年4月に京都府立大学大学院生命環境科学研究科の教授に就任した。

 我々の体には、体外から侵入してきたウイルスや細菌などの異物を撃退する、免疫という生体防御システムが備わっている。免疫は非常に複雑な仕組みで異物を排除するのだが、その第一線でウイルスや細菌の増殖を抑えてくれるのが抗体である。
 予防接種では、あらかじめ無害化した病原菌を注射しておくことで、たとえ病原性のウイルスや細菌が感染しても、その症状を弱めることができる。これも、それぞれのウイルス、細菌に合わせて作られた抗体が働いているからだ。こうした抗体の性質は、病気の予防だけでなく、さまざまな用途で利用されている。
 そもそも抗体は、異物に含まれるたんぱく質だけに結合して病気の原因を無害化する。このたんぱく質だけに結合するという性質を利用して、特定のたんぱく質を検出するのに抗体が用いられるようになっているのだ。例えば、体内のがん細胞だけが作りだすたんぱく質を抗体で検出できれば、がんの診断ができることになる。このように抗体の用途は広がっており、その市場規模にはますます注目が集まっているのだ。
 すでに、マウス、ウサギやニワトリに抗原を注射して、体内でできた抗体を、マウス、ウサギは血液から、ニワトリの場合は卵黄から精製するという方法で抗体生産が行われているが、生産コストが高く、大量生産も難しかった。
 そこで、京都府立大学大学院生命環境科学研究科の塚本康浩教授が、ダチョウを活用して抗体を低コストで大量に生産できる新しい技術を開発した。
 もともと、家禽の感染症の研究を続けていた塚本教授は、ニワトリに比べてダチョウは感染症に強く、鶏卵の25〜30倍もの大きさの卵を産むことに注目。ダチョウを活用すれば、大量の抗体を生産できるのではないかと考えた。塚本教授がこう説明する。
 「抗体生産のために動物に注射する抗原は高額です。当然、1個体で生産できる抗体が少量だと生産コストは高いものになってしまいます。その点、ダチョウの場合、1個の卵黄から約4轤フ高純度の抗体を生産できるため、消費する抗原は少なくできます。また、飼育施設も複雑なものを建設する必要はないため、低コストで大量の抗体生産が可能なのです」
 優良な個体なら半年で100個の卵を産むので、ダチョウ1羽で400轤フ抗体の生産が可能だ。これはウサギ800羽での抗体生産量に相当する。塚本教授の目論見通り、大きな卵のダチョウを活用することで抗体の生産性は大いに高まったのだ。

ダチョウの飼育・研究
兵庫県内のダチョウ牧場で飼育されている、抗体を生産するダチョウたち。研究牧場では照明による明暗の調整により、1年を通じて繁殖期だと思わせて、多くの卵を産ませる研究も行われている。

大量生産だけじゃない!予想を上回るダチョウ抗体の性能。

 さらに、1羽のダチョウで抗体を大量生産できることは大きな利点をもたらしたという。
 「同じ種の動物に作らせていても、抗体は個体ごとで微妙に違っているんです。そのため、従来の方法では製品間の品質にバラツキがありました。ダチョウ抗体の場合、1羽で大量に生産できるので品質のバラツキは極めて少なくなるんです」
 増殖能力を不活性化した複数のインフルエンザウイルスで抗原を作り、高病原性鳥インフルエンザウイルスを中和させる実験を行ったところ、従来の抗体と比較してダチョウ抗体にはウイルスを無害化する高い能力があることが確かめられた。
 さらに、ニワトリを用いた抗体と比べて、ダチョウ抗体は熱に対する耐性があることも明らかになった。高温でもウイルスに対する無害化活性を維持できれば、さまざまな加工ができ、これまでにない工業用途でのダチョウ抗体活用が期待できる。
 「当初はダチョウの大きさに注目して、抗体を生産しようとしましたが、ダチョウ抗体は予想以上の性能を持っていることが明らかになってきました」
 ダチョウ抗体が高い競争力を持ったビジネスシーズになると考えた塚本教授は、兵庫県内のダチョウ牧場に協力を要請し、抗体の大量生産体制を整えた。
 また、JSTの「独創的シーズ展開事業大学発ベンチャー創出推進」に採択され、本格的に事業展開するための研究開発に取り組むことになった。特認助教の足立和英さんのサポートもあって、ダチョウの卵黄から抗体を精製する独自の技術を確立し、大学発ベンチャー企業「オーストリッチファーマ」を設立。ダチョウ抗体の商品化に向けて乗り出している。

ダチョウ抗体の精製
ダチョウの卵黄から抗体を精製するオーストリッチ・ファーマ研究員の山本亮平(左)さんと河野由美子さん。遠心分離などの工程を経て、高純度の抗体を精製する技術も同社の強みになっている。

インフルエンザウイルスを遮断する抗体マスクを製品化。

 では、具体的にどのように抗体を応用していこうというのだろうか。当初、塚本教授は肺がんの診断薬への応用を考えていたが、ダチョウ抗体の利点を機会あるごとに紹介しているうちに、多くの企業からさまざまな提案が寄せられるようになった。そのなかから、まず今秋に製品化されることになったのが、抗体を塗布したマスクだ。
 現在、高病原性鳥インフルエンザをはじめとする新型インフルエンザの大流行が危惧されている。一説には、日本国内だけで200万人以上が死亡するとの推計もあるだけに、インフルエンザウイルスの飛沫感染を防御するマスクへの期待は大きい。そこに抗体を塗布して、ウイルスを無害化しようというのだ。
 「マスクに抗体を塗布しておくことで、ウイルスを無害化できるので、たとえマスクをすり抜けることがあっても、感染のリスクを低減できるのです」
 このほか、抗体の低コストかつ大量生産が可能になれば、従来の生産方法では使えなかった用途にも抗体の利用が期待できるようになる。例えば、ダチョウ抗体にはフリーズドライ製法でも活性を失わないという特性があることから、錠剤として製品化することも可能だという。
 近年多発している、ノロウイルスによる食中毒は、糞便を介して感染が広がることが知られている。そのため、ノロウイルスに対する抗体をダチョウに作らせ、錠剤にしてトイレの貯水タンクに入れておけば、流すたびに抗体が便器に供給され、ノロウイルスの無害化が期待できるのだ。介護施設などでの需要は大きいだろう。
 もちろん、当初予定していた肺がんの診断薬についても開発が進められているし、将来的には患者に投与する抗体医薬の生産も期待される。塚本教授は「私たちはの強みは、抗体を必要とする用途であれば、多様なビジネスに対応できることですね」と語る。今後、抗体は工業製品から医薬品にまで、さらに需要が高まるといわれている。それだけに、ダチョウ抗体の可能性は大きく広がっていきそうだ。

ダチョウの扱いは足立くんにお任せです。ダチョウで博士号を取りました!/京都府立大学助教 足立和英さん
TEXT:斉藤勝司/PHOTO:大沼寛行