Close up 社会技術研究開発センター「犯罪からの子どもの安全」研究開発領域の取り組み 科学で子どもを守る。
社会問題を科学で解決することを目指して設立された社会技術研究開発センター(RISTEX)。
RISTEXでは今、新しい方針のもと、犯罪から子どもたちを守る取り組みが行われている。

Par01 なぜ“子どもの安全”なのか?

研究総括 片山恒雄(かたやま・つねお)
東京電機大学未来科学部教授。東京大学名誉教授。地震工学、都市の地震防災に関する教育と研究に従事し、阪神・淡路大震災後、防災科学技術研究所理事長として、新研究分野の開拓とプロジェクト化を推進。その経験を生かし、「犯罪からの子どもの安全」研究開発領域総括を務める。

研究開発領域WEBサイト
「犯罪からの子どもの安全」研究開発領域のWEBサイトでは、それぞれの研究開発プロジェクトの詳細のほか、イベント情報、国の取り組み、調査・レポートなど、子どもの安全に関連したさまざまな情報をチェックできる。
http://www.anzen-kodomo.jp/

「知識のための科学」から
「社会のための科学」へ。

 科学の成果が生み出した膨大な知識は、大きな進歩を社会にもたらした。家電製品、電車、クルマ、電話、パソコン、インターネット、医薬品、医療技術など、知識をもとにしたモノや技術が、さまざまなかたちで、私たちの生活をより快適なものにしている。その一方で、地球温暖化をはじめとする環境問題など、科学がもたらした負の遺産がふくれ上がってきた。貧困、教育格差、犯罪といった、科学が生み出した知識では解決が困難な問題も生まれている。
 科学がこれまでと同じ方向に突き進んでいったら、その先に待っているのは明るい未来ではないかもしれない―そんな危機感のもと、1999年にハンガリーのブタペストで世界科学会議が開かれ、世界中の科学者や政治家、ジャーナリストなどが、21世紀の科学のあり方について真剣な議論を続けた。そこで示された、従来の「知識のための科学」ではない、新しい科学の姿の一つが、「社会のなかの科学・社会のための科学」だ。
 これを受け、日本でも科学技術庁(当時)が中心となって検討が進められた。2001年に社会技術研究システムを設立。2005年には社会技術研究開発センターと組織を改めた。そして迎えた2006年、同センターは大きな岐路に立つ。これまでの成果に対して外部有識者による事後評価を受けたところ、目標設定が甘く、実際に社会に役立つかどうかの検証も不十分という、厳しい声が寄せられたのだ。指摘を正面から受け止めた同センターは、領域設定の段階から研究開発のあり方を大きく変え、「社会のなかの科学・社会のための科学」にふさわしいかたちに生まれ変わることを決断。その先陣を切って2007年度から始まったのが、「犯罪からの子どもの安全」研究開発領域だ。

「ネットワークの構築」を
目標のトップに掲げる理由。

 「下校中の小学生が襲われる」「小学校に不審者が侵入、刃物を振り回す」―そんな痛ましい事件が続く今、「子どもの安全」は、多くの人たちが関心を寄せる社会問題だ(下資料参照)。社会技術研究開発センターでは、早くから地震、食、交通、医療事故などを分野横断的に問題として取り上げていたが、「安全安心」に関する知識体系の構築を目指していた。そこで、より具体的な社会問題の解決を目指して、「犯罪からの子どもの安全」という絞られた領域で、研究開発を進めることになった。
 さらに、有識者による検討会や、子どもの安全にかかわる研究や実践にたずさわる人たちのワークショップを実施。問題を深く掘り下げていった。これまでは、大学などの研究者のみの意見が取り上げられがちであったが、それでは社会に役立つ研究開発にはなりにくいと判断したのだ。
 こうして2007年4月、新しい研究開発領域がスタートを切った。目標は、防犯対策の基礎となる科学的な知見の発掘と手法の開発、それに基づいた「具体的成果」の創出。そして注目すべきは、それらに先んじて「開かれたネットワークの構築」という、一般的な研究開発領域と比べて異質な目標がトップに掲げられていることだ。これこそが問題を深く掘り下げて見えてきた、成果を生むためのポイントだ。
 領域総括を勤める片山恒雄教授は、有識者の一人として領域の立ち上げに関わってきた。ただし、専門は地震工学。門外漢にもかかわらず領域総括として白羽の矢が立った理由は、防災科学技術研究所理事長を勤め、さまざまな立場の人々が関わる都市の防災という社会問題の解決に実績をあげた経験が買われた。そして、片山教授が依頼を引き受けたのも、さまざまな立場の人々が集う「犯罪からの子どもの安全」研究開発領域に、興味と可能性を感じたからだ。
 「印象的だったのは、ワークショップでの議論です。NPO法人やPTA、警察の方、学校の校長先生、心理学者、都市計画の専門家など、さまざまな立場の人が集まって、普段取り組まれていること、悩んでいること、研究の成果などを熱心に語られました。私はそれまでほとんど接することがなかった人たちばかりなのですが、それだけにとても新鮮で、触発されましたね」
 ワークショップは、研究・実践にたずさわる人たちにとっても刺激的な場だった。彼らはそれまで、同じ目的を持っていながらも、分野が違えば互いに顔を合わせる機会もない場合もあった。活発な議論を重ねながら、こうした場を持つことの重要性が共有された。だからこそ、「ネットワークの構築」が第一の目標に掲げられたのだ。

子どもの防犯に対する関心

内閣府の調査によると、4人に3人近くが、子どもの犯罪被害について不安に感じ、地域の防犯活動への参加に意欲を示していることがわかった。「犯罪からの子どもの安全」に対する関心の高さがうかがえる。

校長先生と医学系の教授が一つのプロジェクトで研究開発。

 スタートから1年半が経った現在、第一期の4つの研究開発プロジェクトが進行している。NPO法人の地域の見守り活動、教育工学的見地からの防犯リーダー育成支援システムの開発、科学警察研究所が中心となった実証的な被害測定や防犯活動についての研究、心理学的アプローチを取り入れた防犯教育用e-learningシステムの開発と、さまざまな立場の人々の知恵を生かしたテーマがそろった。プロジェクトの採択にあたり、片山教授は異分野の人たちがともに研究開発を進めることに気を配った。
 「小学校の校長先生と医学系の教授から、別々に関連性の深い応募があったので、どちらかを選ぶのではなく、一つのプロジェクトとしてともに参加するよう導きました」
 ネットワークが構築され、プロジェクトが関係し合ってこそ、科学的な知見・手法や、具体的成果が生まれる。そのために、昨年度は各プロジェクトの代表者や領域アドバイザーらとともに合宿を行った。ただし、ネットワークを築けばすべてがうまく機能するわけではない。片山教授は、プロジェクトの一つひとつに厳しい目を注ぐ。
 「従来の研究開発なら、分厚い報告書を出せばよしとされたかもしれません。しかし、社会の役に立つためには、そこで終わりにしてはいけない。具体的なかたちが示されるよう、進み具合や内容をチェックします」
 その一方で、社会への役立ちばかりを求めることの危険性も感じている。
 「研究開発の期間は、実質的には最大5年間しかありません。結果を急ぐばかりに、これから伸びる芽を摘む事態は避けなければ。社会に役立つ道筋をつけるものなら、正当に評価するべきだと思います」
 時に厳しく、温かい目に見守られながら、「社会のための科学」を実現する新しいタイプの研究開発が進んでいる。

現在進行中の研究事例

※RISTEX=Research Institute of Science and Technology for Society