Topics02 新方式のOCT(オプティカル・コヒーレンス・トモグラフィー)を開発 世界最速の光断層画像法が生まれるまで
断層撮影技術は診断の精度を高めてきたが、X線を用いる限り、放射線被ばくの問題を抱えていた。そこで、人体に無害な近赤外線を用いた、OCTという光を活用したこれまでにない断層撮影技術の開発が進められている。

人体に無害な近赤外線を用いた断層画像法。

「人のためになる研究を」で始まった新しい断層撮影技術の開発。

大林康二 (おおばやし・こうじ)
1942年生まれ。1965年、東京大学理学部物理学科卒業。1970年、同大学理学系大学院博士課程修了。理学博士。東京大学物性研究所助手、広島大学総合科学部教授、ニューヨーク州立大学研究員などを経て、2002年、北里大学基礎科学センター教授に着任。2004年より現職。

北里大学医学部 眼科学教室主任教授 清水公也(しみず・きみや)
大林教授に共同研究を申し出た清水公也教授。北里大学病院倫理員会の承認を受けて、光断層撮影装置を眼科の診断に活用している。

 医療現場で、患者を診断するのに画像診断技術は広く利用されるようになっている。例えば、X線CTは患者の体内を輪切りにしたような断層画像が得られるため、より正確な診断を可能にしてきた。
 しかし、X線を用いる以上、放射線被ばくの問題は避けられず、繰り返して断層画像を撮影するのには限界があった。そのため、より患者に負担が少ない断層撮影技術が求められてきた。
 北里大学大学院医療系研究科の大林康二教授は、人体に悪影響を及ぼさない近赤外線(近赤外レーザー光)を用いた断層画像法の開発を進めている。
 大林教授は長らく極低温物理学などの基礎研究に従事していたが、2002年に北里大学に着任したのを機に「世の中の人の役に立つ仕事がしたい」という思いから、物理学の知識を生かして、新たな断層画像法の開発に取り組むことになった。そこで注目したのがOCT(オプティカル・コヒーレンス・トモグラフィー)とよばれる光を利用した断層画像法だった。
 OCTは、光を人体に照射し反射した光を検知することで患者の体内の様子を画像化する技術である。ただし、光源から発せられた光がそのまま照射されるのではなく、いったんふたつの光に分離される。一方の光だけを患者に照射し、体内で反射してきた光(照射光)を、患者に照射しなかった光(参照光)と重ね合わせ、これを電気信号に変換して画像化する。
 1995年に眼科診断用に開発されたOCTが実用化されていたが、OCTにさらなる大きな可能性を見出した大林教授は、研究プランを作成。そこに、北里大学医学部眼科学教室の清水公也教授が共同研究を申し出て、新たな眼科診断用のOCTの開発が始まった。
 2005年にはJSTの先端計測分析技術・機器開発事業の課題に選ばれ、大林教授のOCT研究は進められていった。

通信用に開発された光源を用いて光断層撮影装置を製作。

STEP01 生体計測用光断層撮影装置 Mk.II

波長が約1.5μmの光から約0.05nm刻みに変化する、1600種の周波数の光を照射して、目の断層撮影が行われる。12mmの深さまで撮影ができる。近赤外レーザー光を目に照射するといっても、患者はまったく意識することはない。いつの間にか撮影が終わっているという状態で、痛みもない。OCTは患者の体にやさしい診断技術といえるだろう。
●撮影画像例
撮影した断層画像をコンピュータ処理することにより、目の組織と内部の水(房水)を色分けして示すことができる。 角膜と光彩の角度(隅角)が映し出されている。
STEP02 超高速光コムOCT装置
56種の周波数の異なる光を同時に照射することで撮影時間を短縮。そのスピードは現行市販品の1000倍もの超高速度を誇り、光バイオプシー実現への期待もふくらむ。
撮影画像例

指を撮影すると、表皮の指紋に加え、内部の真皮も撮影できた。

 1995年に実用化されたOCTは、画像撮影に時間がかかるという問題を抱えていた。撮影に時間がかかれば、患者が少し動いただけでも画像がぶれてしまい、精細な画像を得ることは難しい。しかも、透過性の高い近赤外線を使っていても、当時のOCTで撮影できる深さは数mm程度と浅かったため、決して使い勝手の良いものではなかったのだ。
 こうした問題を解決する方法として、照射する近赤外線レーザー光の周波数を一定間隔で変えながら照射することが提案されていたが、実用化は難しいと考えられていた。当時を振り返って、大林教授がこう説明する。
 「周波数を変えながら照射する方式の実用化が難しいと考えられていたのは、良い光源がなかったからなんです。ですから、OCTの研究に取り組むことになって、まず光源を探すことから始めました」
 大林教授はインターネットの検索サイトを利用して、世界中から光源の情報を徹底的に集めていった。すると希望に沿う光源を開発した企業が3社あることが明らかになった。大林教授はすぐに協力を要請。そのうちNTTフォトニクス研究所が通信用に開発していた光源の提供に応じてくれた。
 そして製作されたのが「生体計測用光断層撮影装置Mk.I」で、北里大学医学部眼科教室で診察に活用されている。さらに、同装置の光源の帯域が広げられたのが、先端計測事業により作製された「生体計測用光断層撮影装置Mk.II」(右上写真)だった。これは波長が約1.5μmの光を約0.05nm刻みに変化させながら、1600種の周波数の光を照射できるというもので、これによりわずか数秒で眼の精細な断層画像(右中写真)の撮影が可能になった。
 例えば、緑内障は角膜と光彩が接する部分の角度(隅角)が狭くなり、内部の水(房水)の排出が滞ってしまうことで発症する。そのため、緑内障の診断では、隅角の角度を測定することが重要なのだが、大林教授が開発した光断層画像法で撮影すると、隅角の角度がはっきりとわかる画像(右中・右写真)が得られるため、より確実な緑内障の診断が可能になる。

組織を採取せずに病理検査を可能にする光バイオプシー。

 生体計測用光断層撮影装置Mk.Iと同Mk.IIは、光の周波数を高速で変化させながら患者に照射しているが、一度に複数の周波数の光を照射すれば、より撮影時間を短縮できるのではないかと大林教授は考え、「超高速光コムOCT装置」を製作した。ここで照射される光の周波数は256種類と少ないものの、同時に照射できるので、撮影速度を飛躍的に高めることに成功。現行市販品の1000倍もの超高速を実現した。この速さは現在、世界トップに位置している。大林教授が、超高速光コムOCT装置の活用法についてこう説明する。
 「1秒間に60コマ以上の断層画像を撮影できるので、内視鏡に組み込んで消化器疾患の診断に役立てたい。すでに内視鏡に組み込めるOCTが開発されていますが、撮影に時間がかかるため、まず通常の内視鏡で病変部を探し、次にOCTで断層画像を撮影しないといけない。でも、超高速光コムOCT装置を内視鏡に組み込めれば、一度に消化管の広い範囲の断層撮影ができ、消化器のがんの診断を向上できるでしょう」
 現在、がんの診断では断層画像などで患部の位置を明らかにした後、組織を採取しての病理検査(バイオプシー)を行い、がんかどうかを確定していた。超高速光コムOCT装置を内視鏡に組み込めば、消化管粘膜の下の断層画像が得られるので、「病変部の組織を採取することなく、内視鏡検査だけで病理検査を可能にする“光バイオプシー”が実現する」と、大林教授は将来に向けOCTの期待をふくらませる。
 病理検査用に組織を少しだけ採取するといっても、患者の体を傷つけることになる。その点、光バイオプシーが可能になれば患者の苦痛は大幅に軽減できるだろう。また、消化器粘膜の表面しか観察できなかった従来の内視鏡と違って、断層撮影ができることから粘膜下のがんの広がりを正確に把握できるため、内視鏡下での切除手術を行うにあたって、がん細胞の取り残しを回避できるとも期待されている。

TEXT:斉藤勝司/PHOTO:森山みよこ