JST News Vol.5/No.5
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科学技術振興機構の最近のニュースから……
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「生命システムの動作原理と基盤技術」研究領域の研究事例から
眠り、起き、見て、聞いて、考え、走り、呼吸し、食べる――。
そんな、“いのち”にまつわるさまざまな現象は、どんなシステムに支えられているのか。
その仕組みが、いま、解き明かされようとしている。
Topics 01
「日本科学未来館」の夏休みイベント情報
Topics02
新方式のOCT(オプティカル・コヒーレンス・トモグラフィー)を開発
星野 忠次 千葉大学大学院薬学研究院准教授
サイエンス チャンネル ベスト・セレクション

客観と確率のゆくえ

ヴェルナー・ハイゼンベルク [1932年ノーベル物理学賞]

 24歳の初夏、その着想を得た瞬間のことを、ヴェルナー・ハイゼンベルク(Werner Heisenberg:1901〜76)は自伝に、こんなふうに美しく描いている。
 「最初の瞬間に私は心底から驚愕した。私は原子現象の表面を突き抜けて、その背後に深く横たわる独特の内部的な美しさをもった土台をのぞきみたような感じがした」*
 しかし、アインシュタイン(1879〜1955)は断固反対だった。さまざまな反論(思考実験)を繰り出しては、それが誤りであることを証明しようとし、ことあるごとにこう言った。「神はサイコロを振らない」――。時は1920年代後半、すでに相対性理論を確立して現代物理学の頂点にいる大学者が、かくも頑なに受け容れることを拒否しつづけたものとは何か。すなわち、ハイゼンベルクが創始した「量子力学」である。
 量子力学は原子・原子核・素粒子などミクロの世界の物理現象を説明する理論体系だが、その核心は、ハイゼンベルクが提唱した「不確定性関係」(不確定性原理とも)と、そこから導かれる「確率」解釈にある。簡単に言えば、電子・原子などの粒子の位置と運動量を同時に正確に測定することはできず、必ず「不正確さ」(不確定性)がつきまとうというのが「不確定性関係」。したがって対象に関する知識は原理的に統計的であるほかはなく、現象の結果について決定することはできない、知り得るのは現象の結果がどうなるかの「確率」である。要するに、確固たる法則に則って物理的過程が進行するような客観的世界は原子レベルではもはや存在しない、と主張するのである。これに反発したのがアインシュタインである。物理学に革命をなしとげた彼だが、しかし客観的世界の絶対的存在だけは、物理学者としてのゆるぎない信念だった。それを不確定といい、確率というのだから許せるはずがない。冒頭の言葉は、まさしく「サイコロ」(確率)への呪詛にほかならない。
 皮肉なことに、アインシュタインは光量子仮説などを通じて量子力学への道をひらいた一人でもあった。さらに皮肉なことには、決定論が支配する客観的世界という先入観を捨て去って量子力学を着想するにあたって、ハイゼンベルクが範としたのが、絶対時間という先入観(あるいは常識)を捨て、かわりに「すべての観測者にとって光の速さは同じ」という観測事実を基礎に相対性理論をつくったアインシュタインその人だったのである。
 ところが、こうして勝利したはずの量子力学に最近では再び異論が出てきているというのだから、理論の世界はわからない。
(文・西田節夫)
*『部分と全体』(原著1969年)W.ハイゼンベルク(山崎和夫訳) みすず書房 1974より引用