ようこそ 私の研究室へ16 「フェムト秒時空間画像計測システムの創成」研究者 粟辻安浩
世界初!光の伝わる様子を3次元動画で撮影 超高速の現象をホログラム技術で捉えます。

PROFILE

粟辻安浩 (あわつじ・やすひろ)

京都工芸繊維大学 大学院工芸科学研究科准教授
1968年東京都生まれ。3歳の頃に大阪府へ移る。92年、大阪大学工学部応用物理学科を卒業し、同大学院工学研究科に入学(応用物理学専攻)。光コンピューターの研究に従事。97年、同大学院工学研究科博士課程を修了し、工学博士。同年、京都工芸繊維大学工芸学部電子情報工学科の助手に就任し、ホログラフィーの権威、久保田敏弘教授の下でホログラフィーの研究に着手。2005年、同大学工芸学部電子情報工学科助教授に就任。同年10月よりさきがけ研究者(〜2009年3月)。

誰も見たことのない超高速の世界。

「フェムト(1000兆分の1)秒といった非常に短時間で起こる現象が先端科学のテーマとなっています。そうした研究に貢献する観察手段の開発に取り組んでいます」
 ポーズを決めたヒーローから光線がビビッと発射されて、向かい合う怪獣に当たる。例えばウルトラマンシリーズを見たことのある人なら、そんなシーンが記憶にあるだろう。けれども実際には、光線が空間を横切って進んでいく様子を見る、なんてことはできない。光はあまりにも高速だからだ。世界最速レベルといわれる1秒間に100万コマ撮れる高速度カメラでも捉えることは困難だ。2コマ目には光は300mも進んでしまっている。
 ところが昨秋、粟辻安浩さんが既存の高速度カメラの100万倍の時間分解能を持った記録手段を開発し、レーザーパルスの伝播を立体的に撮影することに成功した。人類が3次元動画として光の伝播を眺めるのは初めてのことだ。
 「現在レーザーは微細加工、高速通信、あるいはバイオや医療分野など、さまざまな領域で活用されています。それぞれの応用分野で高機能化を進めるには、ビームの精密な評価が必要になりますが、そのためのツールとして、伝播の様子を観察できる私たちの技術が役立つでしょう」
 光を見るだけではない。たとえば化学反応のような、非常に短い時間で起こる現象を観察する手段として、今後の発展が大いに期待される。「電子線やX線にこの技術を使って空間分解能を高めていけば、分子団や原子団のふるまいがリアルに観察できるかもしれません」

不可能を可能にしたゼラチン。

「私の専門、ホログラフィーは2つの光の干渉を利用して、3次元的な像を記録できる技術です。光の伝播を見るには、その光の散乱光と参照光とを干渉させます」
 実験成功の鍵を握った部品を見せてもらった。粟辻さんが冷蔵庫から羊羹をひと回り大きくしたようなガラスケースを取り出す。中に入っているのはなんとゼラチンだ。
 レーザーポインターを照射してみる。すると、ゼラチンの中に赤色の光線が浮かび上がる。レーザー光は空気中を伝わっているときには見えないが、ゼラチンの中に入ると見える。ゼラチン粒子が光を散乱し、散乱した光が目に飛び込んでくるからだ。
 光の伝播を記録するには、この散乱光を利用する。非常に短いパルス光をゼラチン中に入れ、伝播中に発生する散乱光を刻々とフィルム上の異なる位置に記録していくのだ。しかし、どうやって光の伝播に合わせてフィルム上の記録位置をズラしていくのだろうか? なにしろ光速の現象だ。
 「光自体をゲートとして利用します。ホログラフィーの分野では以前から知られていた方法です」。特定のタイミングでフィルム上の記録位置を指定するのがゲート。ゼラチンからの散乱光に干渉させるもう一つの光、参照光がこの役目を果たす。
 フィルムに角度をつけると、参照光の到達する時刻はフィルム上の位置によって変わる。参照光が届いた瞬間のみその位置で干渉が生じ、その時刻の情報が記録される。すると、1枚のフィルムにいわば映画のコマが順番に並ぶ形になる。じつは、この原理で光の伝播を2次元的に記録する実験はすでに他の研究者により発表されていた。
 「3次元でも絶対見られるはずだと思いました。ホログラフィーはそもそも3次元画像の技術ですから。ところがなぜか誰もそれをやらなかったのです」。まさか、ゼラチンでできるとは誰も思いつかなかったのかもしれない。光が散乱しすぎてもうまくいかないし、少なすぎてもダメだ。ゼラチンの微妙な配合がそれを可能にした。

夢の実現に向かって実践あるのみ。

「大学院時代、最先端に立ち続ける恩師の後ろ姿に憧れました。つねにまだ誰もやっていないテーマに取り組む。そんな研究者でありたいと思っています」
 これまでこのページに登場した研究者の多くが研究内容を雄弁に語ったなかで、終始、言葉少なに話す粟辻さんは印象深い。小声で控えめ。だが、がっしりとした体格の内には不屈の情熱が潜んでいるようだ。
 自分が研究者に向いていると気づいたのはいつですか、と尋ねると、こう答えた。「研究者に向いていると思ったことはありません。向いているかどうか悩む暇があったら、やるべきことをやります」
 「夢を実現する方法を考えて実践する」「不可能を可能にする方法を考えて実践する」……研究室の壁には自身で考えた4カ条が貼られている。こんな貼り紙もある。「国際的に歴史に名を残す研究をしよう!」
 これらの標語は研究室の学生への指導の一環であると同時に、自身を鼓舞するためのものでもある。ふと、受験生の勉強部屋を連想する。粟辻さんは「科学史」の殿堂入りを目指す“受験生”なのかもしれない。そして今、フェムト秒という超高速現象の動画撮影技術に道を拓き、夢の実現に向かって着実に歩み始めている。


研究の概要
撮影に成功した動画像から。「光」という文字をマスクに使用した。
撮影に成功した動画像から。「光」という文字をマスクに使用した。

ホログラフィーを応用して、フェムト秒領域での超高速現象を動画像計測・可視化・解析できるシステムの開発をしている。ホログラフィーは光の干渉を利用して、3次元的な像を記録する技術。一般的にはレーザー光を2つに分けて、一方を記録したい物体に当てる。この物体から反射してきた光(物体光)ともう一方の光(参照光)を重ね合わせると干渉縞が生じる。この干渉縞には光の強さだけでなく、光の向きの情報も含まれているため、これをフィルムに記録すれば、3次元の画像情報が撮影できる。粟辻さんらは224フェムト秒の超短パルスレーザーを使用し、ゼラチン中を伝播する光の散乱光を236ピコ(1兆分の1)秒にわたってホログラフィーで記録。光の伝播の3次元動画の撮影に成功した。現在は、この技術を応用して、分子団の電離といった超高速現象の撮影に挑戦している。並行して、フィルムをCCDカメラに置き換えて、撮影をデジタル化することにも取り組んでいる。

TEXT:黒田達明/PHOTO:松崎泰也(ミューモ)/パース:意匠計画